ブルマン日記    記: 大地 耕作






みさらし濾紙を無くそう!!


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2018年5月20日(日)・・・極めない水出し 2

昨日に続いての水出し。

勿体ぶっているようだがそうでは無い。

100点を目指していたのが、70点を目指すんだから自身の気持ちの整理。

とは言っても70点・・・・充分に美味しく「もう一杯!」とならなくては。

そして、折角の水出し珈琲、澄んでなければならない。


よーし、いよいよその作り方・・・本当に簡単だから。

60g程のエチオピアWNを通常のアイスコーヒー用にナイスカット2で挽く。

これを受けるのはサーバー。

つまり、サーバーに直接粉を入れる。

そして少量の水・・・私は粉と同じ重さ60gを使った。

これらをよくかき混ぜ・・・まぁーどろんこ遊びだな。

ここからが大切で、水で粉のガスを充分に抜く訳だが、これ最低でも15分。

20分でも25分でも良いだろうが、最低でも15分。

時間が来たら1000cc位の水をこの中に入れるのだが、また泥んこ。

で、このまま3時間以上・・・まぁ一晩でも良いだろう。

この泥んこ水をペーパーかネルで濾すという訳だ。


物凄く簡単で、出来上がった珈琲液の色は薄く紅茶のような色。

ところが、香りは高く、澄んでいる・・・うーん!もう一杯。

濃さなど自由だが、泥んこ遊びに使うサーバーは1000cc以上入る大きめの物。

別にサーバーである必要も無く、壺でも何でも良い。

それと、受けるポットも大きいものなら何でも良い。

技術など要らぬ。

3歳の子供でも充分できるし、今からでも出来る。

大地耕作の珈琲日記




2018年5月19日(土)・・・極めない水出し

一昨日・昨日の蒸し暑さはどうよ!

今朝は涼しいと思ってたがそうでも無く、明日の朝の方が冷えるらしい。

でも、この時期やはり氷を入れない水出し珈琲だろう。

ところが、私どうも水出し珈琲には抵抗が有る。

水出し珈琲・・・極めれば、どんな豆を使い、粉の粗さは、濃度は?

確かに水出しにしか出来ない珈琲が有る。


喫茶ならその出来上がった珈琲をお出しする事も出来ようが、

それとは別に、気楽にたっぷり飲めてそれなりに旨い水出し?

つまり、極めない水出し、70点の水出し。


でも、どうもあの香り・・・完全に鼻についている。

ただあの水出し独特な香りと、調和する香りが有ったら・・・・。

というのも、以前、珈琲ゼリーを作って販売していた事がある。

これには独特な臭さが良いのだ。


普通に飲むコーヒーとしては、あの香りとSUNイルガチェフがぴったり。

ところがSUNイルガチェフは、まだ入荷していない。

この不安定な時期は大切だから、やむなくエチオピアWNを使う。

が、やり方は超簡単だが、明日の日記へと延期する。

大地耕作の珈琲日記




2018年5月18日(金)・・・エアロプレス

先日水曜教室の生徒さんがエアロプレスを持ってきた。

当日やってみようと思ったが、時間が無く無念!

ところが「先生お貸しします」・・・・やったー!エアロプレスGET!


半分しょうもないとは思いつつも、早速やってみた。

結論:物凄く旨い!

<時間が短くなる>という事で、この器具の説明もしていた。

が・・・本当に旨いのだ。

一瞬焦った! 私の今迄のエアロプレスのイメージが崩れていくように思えたのだ。


こうなればペーパー式で挑戦だ。

珈琲液の温度は高いのか、苦味を強く感じてしまう。

また焦る。

ところが温度が下がると、やはり従来のペーパー式の方が断然円いし甘い。

豆が良いんじゃない(笑い)、それと液温。

しかし、熱いのも味、冷たいのも味

それにしても、如何せんぬるいなぁー、器具を洗うのも大変だなぁー。

大地耕作の珈琲日記




2018年5月17日(木)・・・ローズ

毎年の事だが、この時期はローズとカモミールの季節。

今年はローズはジャムにはせず、ティーでだけで飲もうと思っていた。

先週は寒かったものの、今週うって変わって暑い。

HOTではとローズが消費しきれず、ICEで・・・・。

ICEにしたらローズだけでは、何だか物足りない。

「シロップを入れてみようか?」と考えたが、これも甘味と香りのアンバランスさ。

やっぱり、ジャムかなぁー。


ちょうどラジオで「ローズとお茶」なんて放送していたから、成程!

お茶と云っても、折角の新茶は?とついついパス。

そーだ! 中国茶に「ローズティー」が有ったなぁー。

この茶葉だけのICEは、以前飲んだ事がある。

今回は、逆にローズの量の方を多くして、それに少しだけのローズティー。


これがなかなか旨い!

何人かに飲んで貰ったが、皆んな
「こりゃ〜良いや!」

「ローズは咳にも良いらしいよ!」

疑似煙草を吸っている私としては咳がよく出る。

疑似煙草をやめれば良いじゃん!というものだが、そうは問屋が卸さない。

ローズが救世主のように思える。

良薬は口に苦しというが、こっちとら旨いものを探しているんでぇー。

大地耕作のハーブ日記




2018年5月15日(火)・・・沖縄

5月15日・・・1972年5月15日が沖縄返還の日だ。

当然、私は若かった。

でも、はっきりと覚えているし、ぼつぼつ伝えなければならない歳になっている。

「伝える」と言ってしまえば、過去の事件のようだが、そうでは無く現在と未来の問題だ。


アメリカから日本に。

「条件付き返還」とか「第3の琉球処分」とか言われてきた。

特に今年は「南北朝鮮」「米朝首脳会談」「核問題」の中での5・15だ。

この流れの中での沖縄の基地と位置。

長年、「日本」となっているが、本当に我々は彼らを国民として認識しているのだろうか。

頭では分かっているつもりなんだが、心では・・・!

今現在、私にはその自信が無い。

意識しない間に私も「ヤマト」になっているのだ。

私・・・何とかこれを超えなければ、彼らに手を差し出せない。

「じゃーどうするのか?」という問題だけでは語れない。




2018年5月14日(月)・・・贈る言葉

何故か最近、ユーチューブでの「金八先生」にはまっている。

金八先生と言えば荒川だが、こちらは今立川。

毎朝起きたら見るのだけど、今朝は凄い霧で見えない。

そしてこの霧も少しすると必ずはれる。

今更?って感じだろうが、孫が中3になっている事と女性である事。

更には、時代も変わっていようという事だった。

<武田鉄矢が私たちの世代だ>


私の理解が既に旧いのかも知れないが、

どうしても旧い・新しいの問題ではないように感じてしまう。

<そんなの古いよ!>で、聞く耳持たなかった私の若い時。

実は本質?だった?

走る事はおろかスキップもジャンプも上手くできなくなった今つくづく思う。

何ーんにも変わっていない。

というより、60年や70年で変わってたまるかとも思う。


確かに電気の発見は偉大だった。

灯としてしか考えなかった電気。 ここまで発展しようとは・・・。

今や電気無くしての生活など考えられない。


話を珈琲の方に無理矢理引き付けるのが、所詮珈琲馬鹿が云う事。

濾過法は凄い発明だ。

茶もハーブティーも浸漬式で、この方法は珈琲だけだ。

さて今日も金八先生を見よう!

昨日は母の日

母から私に、そして私から孫に・・・・愛する貴女に贈る言葉だ。

大地耕作の珈琲日記




2018年5月13日(日)・・・新茶

昨日は切らしていた緑茶。

打ち合わせた様に、今年の八十八夜の新茶が繁田園から届く。

「昨日有ったら、あいつにも飲まさにゃならんのに!」

良いタイミングだと早速味わう。


私のいれ方は少し変わっていて、急須に先にお湯を入れる。

後で大量の茶葉を投入する訳だが、抽出中の数分間、急須は絶対に動かさない。

この抽出液は、最後の一滴まで湯冷ましに使った容器に注ぎ込む。

中国茶と紅茶と緑茶の併合みたいなものだ。


今年最初のお茶を口にする。

旨い!・・・が今年のはちょっと苦味が強いか?

逆に香りが高いようだ?

依然として、本当に美しい緑色だ。

我々珈琲マンにとっても、「新緑」を体内に入れられる瞬間だ。

あぁー、日本人に生まれて良かった。

大地耕作の新茶日記




2018年5月12日(土)・・・笑い

この歳になると、高校の同級生が仕事を退職して暇になったのか

毎日のように店に遊びに来る。

昨日も「差し入れだ!」と桜餅と柏餅を持ってきた。

「これに合う飲み物は緑茶だが、あいにく今切らしている」

「珈琲なら売るほど何でも有るのだが・・・・」

「赤木の所で緑茶を飲もうなんて思ってないよ」

その後、改めて珈琲談話。

「珈琲は身体に良いんだってな」
「3〜4杯位までなんだってな」
「食前が良いんだってな」

あまり身体に良いなんて言われると、私は病気にもなれない。

そこで一発かましてやった。

「アクリルアミドっていう発癌性物質もあるってよ!」

「ま、俺としては気にしてないが・・・」


良くも有り、悪しきも有るのが食べ物だ。

同時に我々は機械ではない。

良いも、悪いも・・・自分の身体の中の治癒力を信じよう。

敢えて無理をする必要は無く、インスタントでも、缶コーヒーでも良い。

治癒力アップの最高の物は<笑い>らしい。

笑いながら、楽しく珈琲を飲む事を考えよう。

大地耕作の珈琲日記



2018年5月11日(金)・・・水出し?

なんじゃ、この数日間の朝の寒さは!

何を着れば良いのか分からんじゃないか!

「気温の差が激しい」とは何度も言っているし、

だからとばかりに、積極的な常温のコーヒーを探している。

この応えを「水出し」に求めている。


さて先日、NHKの「まちかど情報室」という全国放送の番組で

「1時間で出来る水出し珈琲器具」なるものを紹介していた。

「今迄3時間ぐらいかかっていたものが・・・」という事が前提になっている。

あの番組を見ずに、私の日記だけ読むと「凄い!」ように思える。

私に言わせると「凄い!」では無く180度逆で「ひどい!」


前提にしていた3時間とは、紙に入れた粉を直に漬け込んだだけじゃないか!

1時間とは、粉への直接ドリップだけじゃないか!

味覚という意味では、何を、どう較べているのかも私には全く分からない。

単純に時間だけの問題のようだが・・・・。

なら、古ーいガスも抜けきったような粉を直接漬け込んで、

最後にペーパーか茶漉しで濾した方が良いかも。

<私はやりたくもないが>


私が探している、水出し珈琲とは全く違うのだが、ふと考える。

そんなに「氷」を使いたくないのか!

最近は何処にでも「氷」を100円位で売っている。

氷さえ手に入れば、熱湯で充分に美味しいアイスコーヒーが出来るのだ。

しかも一度作れば長持ちがする。

水で作るか? お湯で作るのか?という問題でもなかろう。

大地耕作の珈琲日記





2018年5月10日(木)・・・あの頃は

ひょんな事で、「あの頃は?」

いや、日記は本当に有難い。 

気になったのは、私が脳出血で入院した日と、NHKカルチャーを始めた日。

2003年の3月に入院し、同年7月からNHKカルチャーをやっている。

ちなみに、岡山の藤原氏の「折り鶴」出店が8月。

当店の駅前店を閉店が10月。

2003年は本当に色んな事が有ったんだ。


考えてみれば2000年もブラジルから下坂さんと、博多から亡き森光氏を招き

更には東京から繁田氏を招き、笠岡のグランドホテルで講演をして頂いた。

ちょうど当店も開業20周年だったし、来るべき21世紀に向けての指針を模索していた。


その応えの一つが2003年だったのかも知れない。

「誤魔化しの豆」ではなく「正しい豆」の開業当時の私の理念から

「良い豆・美味しい豆」こそが正しいという事かもしれない。


豆の種類がいっぱい有れば良い訳では無く、

本当に「美味しく、煎りたての豆を!」とホームページも始めていた。

その時既に「私が点てた珈琲なんて」と、その執着を捨てていた。

「誰がどのように点てても、豆さえ良ければ美味しい!」の執念を持っていた。

もう止めよう!

最後にもう一つだけ・・・

珈琲は語る物でも見る物でも無く、飲む物だ。

大地耕作の珈琲日記




2018年5月8日(火)・・・カモミール

毎年の事だが、今や我が家の庭は花盛り。

観賞用は流石に美しい。

店に来るために玄関を開くや、真っ赤な山なりのツツジが目に飛び込んでくる。

晴ればれとした気分になり、庭に足を運ぶ。


次が小さいな花だがカモミール。

勿論ハーブティーの女王で、その甘い香りたるが私を魅惑する。

「お父さん、今年も採らなくては・・・」

「いや、今年は我慢する」

別に我慢しなくても良いのだが、「如何に美味しく飲もうか?」と、

つい研究してしまう自分が、その時には許せなかったのだ。


ところがこのカモミールがインプットされてしまい、その後も気になってしかたない。

「もう駄目だ! 少しだけなら、先日持ってきて貰った水を使ってやってみよう」

また例の私の虫が起きてしまった。

大地耕作のハーブ日記




2018年5月7日(月)・・・共同性は共働から

共同性は一緒に動くことによってしか生まれない。

当然、頭の中では分かっていた。

ところが現実では、私かかあちゃんのどちらかが店に居なくてはならない。

確かに、毎週水曜日には店休日になっているが、これもお互いに違った動きだ。

買い物に付き合う事は有っても、これは労働では無い。


長期の連休だった為に、一緒に草取りをした。

腰は痛くなるし、膝も立ち上がれない程だ。

「お父さん、もう止めとき!」 「うん!」と言いながらも、未だ少しばかり・・・。

でも、気分は爽快なのだ。

「おかあさん、もう止めようよ!」 「うん!」と彼女も言う。

おそらく、彼女も同じような事を感じているのではないのか。


<甘えるんじゃねぇー><俺がやらねば誰がやる>の心を持った

強い個人を前提にして、他者をも観る。

仕事仲間もそうだろう。

その意味では、かあちゃんと店で一緒にいる時間が長い私は幸せ者だ。

しかし、仕事を離れての夫婦や家庭内での共同作業。

そこにこそ美味しい珈琲が有る。

大地耕作の珈琲日記




2018年5月6日(日)・・・夏の陣開始

いやー、よーく休めた。 

普段できない事がたっぷり出来た。

今日からまた仕事だ。

今度はお盆休みに向かってという事になろう。

ゴールデンウイークのこの休み、良い区切りになった。


いよいよアイスコーヒー制作の為の第一弾だ。

毎朝店に来たら、「加糖は?無糖は?」と気になってしまう。

立夏も過ぎ、半年ぶりの夏の陣だ。


それにしても有難い事だ。

こんなに歳をとっても、店の営業をやめたとしても、

豆の発送とアイスコーヒーだけでも、生活出来るのではないか?

勿論、店の営業は身体の許す限り続ける。

といっても、それもお客様有っての事だが・・・・(笑い)

さて、今朝も休み前から注文を受けていた、委託焙煎から始める。

大地耕作の珈琲日記




2018年5月1日(火)・・・水考2

さて、温度の話が出たところで、久しぶりに計ってみる。

今朝の段階で、常水温は19℃。

「えーーー?」と目を疑う。

14℃位だと思っていたのに・・・・。

じゃー、とばかり、冷蔵庫の水出し珈琲の温度は? 5℃。

その差たるや14℃。

成程! 口の中に入れたこの感じが14℃の違いか!


人の味覚の正確な判断は、体温から+−25℃という事も聞いている。

今朝の私の体温が36.3℃だから61℃〜11℃という事になる。

これ以外は駄目かというと、

熱さや冷たさを味わっている事になり、これだって充分に味覚だと思っている。

ただ、「正確には」という事だけで、皆んながカップテスターでは無いのだ。

良いじゃ無いの幸せならば・・・。


さて、関口の言う10℃は、かなり低い温度という事だ。

冷たさと旨さの限界温度だ。

ぬるくも無く、ブルブルと震える冷たさでも無く・・・。

成程! これが10℃か?

私が今探している「常温のコーヒー」とは、この温度なのかも知れない。

大地耕作の珈琲日記


さて明日から連休になります。

楽しいな! 楽しいな! お化けにゃ仕事も、予定も何にも無い。

日記の再開は6日からです。




2018年4月30日(月)・・・水考

高校の同級生だから、悪く言うつもりなど全くないし、

しかも、彼女は私の事を良ーく知ってくれている。

良ーく知っているから、逆に「赤木君の水考」を聞きたかったのかも知れない。

ところが、飲む前から「よー分からんよ!」と、私のつれない返事。

これでは失礼!と、彼女にもこんな話をした。


というのも、ある関口氏の文でこんな事を聞いた事があった。

<10℃前後の水が旨い。水には空気を含ませる。カルキの匂いは困りもんだ。>

若かった私はすぐにやってみた。

確かに旨い!し、円い!でもそれ以上の意味を感じなかったのが事実だ。

ここが天才と凡人の差か?


この差はあれ、私なりの一つの結論が

特別な事が無い限り、蛇口をひねると生水が飲めるは日本の水は

基本的に何処の水でも良い。

彼女ばかりでは無く、この37年間に様々の人が色んな水を持ってきてくれた。

圧倒的に営利目的の為で、持ってきた人の水への感激が伝わってこない。

その際に私のいう事は決まっている。

「俺はコーヒー屋で、水屋では無いぞ! お前が腹いっぱい水を飲めば良いじゃん」

その意味では、同期生の彼女とは180度違っていた。


元来、珈琲や茶は硬度が高くって飲めない水を飲めるようにする為に利用された。

これは私がスリランカに紅茶の研修に行った際、身をもって感じた事だった。

その後、ブラジルでもベトナムでも生水を決して口にしなかった。

ちなみに「氷」も駄目だ。

有難い事に我が国の水は、少しばかりの気遣いで「おいしい水」になる。

少しばかりの第一は、カルキ臭を如何に抜くかだろう。

水道水を汲み置きして蓋さえ取って一晩以上置くだけで良い。

この少しばかりの心遣いが、豆の保存や、直前のミルにも影響する。

大地耕作の珈琲日記




2018年4月29日(日)・・・水

高校の同級生から熊本の「水」を貰った。

「これを、赤木君なりに何とかしてみて」

「いやー、まず私は本当に水については分からんのじゃー」

日本では飲めて当たり前の「水」

水なんて、基本的に日本の物なら何でも良いというのが、私の考えだ。

ただ、カルキは困る。

特にコーヒーメーカーと何故か反応し、出来上がった珈琲が不味いのだ。

水出し珈琲の水も、そのカルキを抜いた水道水を使っている。

たったそれだけの事で、本当によく分からない。


昨日、その水でコーヒーを点ててみた。

確かに水の粒子が細かいような気がする。

確かに珈琲の99%以上が水だし、水が変われば出来上がった物も変わるだろう。

頭では分かってるものの、舌では分からない。

「へーじゃけぇー、どうしたって言うのか?」が、私の正直な感想だ。

使った珈琲豆はエチオピアWNだ。

「水が何であれ、この豆はやっぱり美味しいな!」

いつの間にか、感心は水では無く、珈琲の方に移ってしまった。

大地耕作の珈琲日記



2018年4月28日(土)・・・ヨン二ッパ 

早い人は今日からゴールデンウィークだが、一方では忘れてはならない、

1952年サンフランシスコ条約が発効し、敗戦国日本の主権が回復?した日だ。

その前日に南北首脳会談が行われた事に、その意味を感じるのは私だけだろうか。

大戦前・中にも、朝鮮は日本の支配下にあり、

後も朝鮮戦争のお陰?で「特需」経済発展を遂げている。

日本と朝鮮は本当に長い間深い?関係にあった。 忘れてはなるまい。


さて、当店のゴールデンウイークは、後半の5月2・3・4・5日の4日間。

その真中に憲法記念日を抱く。

昨年の憲法記念日で安倍総理の思い付き発言。

後で散々の物議を交わさざるを得なかった。

今年はどんな思い付きを言うのか?

いくら総理大臣といっても、彼の単純な思い付きだけで動くような日本では無い。

ヨン・二ッパは安倍の物でも自民党の物でも無く、

様々な失敗や、その反省も含めて生き続けている、我々国民の物だ!


珈琲も敵国の飲み物として、飲めなかった時代も有った。

それでも飲みたい人々は、仕方なく「代用コーヒー」を求めていった。

今は本物の珈琲が当たり前に飲める。 当たり前の意味を考える日にしたい。

大地耕作の珈琲日記




2018年4月27日(金)・・・強制の中の自由 

今日の最大のイベントは朝鮮の南北首脳会談だ。

北側、南側それぞれ思惑が有ろうし、そんなの当たり前だ。

人間誰でも、一つの事だけで動くという単純なものでは無いし、

70年近く休戦状態にあったので、お互いの野望の渦巻く中で動いている。

また、そうでなくてはならない。


さて、常温のコーヒーなどと、私にゆっくり遊ばせてくれない。

アイスコーヒー作りに追われる。

これはこれで本当に有難い事だ。

でも、つい何だか仕事の様な気がする。

いや、仕事は大切ですよ! これで私らは生活しているのだから大切です。


が、仕事の中身を豊富にしてくれるのが遊び。

常温のコーヒーも、実際に「私が欲しくなった」から作ってみようとしたもので

<セットされたから作る>という単純なものでは無い。

だから、止めようと思えば直ぐにでも止められる。

そしてまた再開すれば良いだけだ。

もっとも、私の場合、永遠に止めたものも数多くある。


でも仕事はそうは行かない。

腰・腕・膝が痛くても、何とかしてしなくてはならない。

この強制力が、工夫を生む場合もある。

仕事を否定的に見るばかりでは無く、強制の中の自由と捉えよう。

南北首脳会談・・・・そこで生きている人々に笑顔を与えるように運んで貰いたい。

大地耕作の珈琲日記




2018年4月26日(木)・・・常温のコーヒー

エチオピアWNを水出しでやってみた。

旨いが、求めていたものとは違う!

確かに水出し珈琲、独特な臭みは消えている。

というより誤魔化されている。


求めているものは、誤魔化す香りや味では無く、

もっと積極的な、再度欲しくなる香味だ。

3月20日の日記にも書いたが、それは「水出し珈琲の為のブレンド作り」か?

なら、これの為に、私は何を求める?

香りだ・・・・甘いシクラメンの様な香り。

味だ・・・・もっとの甘味だ、砂糖など入れたくない程。

コクと苦味だ・・・・力強さと再要求を感じさせてくれる。

考えられるものは、ケニアとのブレンドだった。

しかし、これも熱湯でしか試していない。

水出しで試してみなくては、何とも言えない。


水出しは日本独自のコーヒーと言っても過言ではない。

つまりは「砂糖もミルクも加えない方が良い」ものでなくてはならない。

大地耕作の珈琲日記




2018年4月24日(火)・・・常温のコーヒー

気温の変化が激しいこの時期。

特に今年は激しく感じるし、今後もそうなるだろう。

「単調に暑くならないで、これこそ温暖化だ!」という人もいる。

それはさておいて、話を戻す。

この時期、氷も入れない、温めることもしないコーヒー。

アイスコーヒーというよりか、常温のコーヒーが良い。

冷めてしまった熱い珈琲ではなく、積極的に作る。

「やっぱり、これは水出しという事になっちゃうのかなぁー?」

「でも、ワシ、水出しのあの香り基本的に好きじゃないんだけど・・・」

SUNイルガチェフは別なんだけど、今年のは未だ入荷してないし、

まだ寒い時にエチオピアWNを使って特濃でやった事がある。

「今度は、もう少し気軽に味わえるようにやってみようか?」

フレンチという手も有るが、今の要求とは違う。

大地耕作の珈琲日記




2018年4月23日(月)・・・グジのNATURAL

砂糖の事や、暑さの事ばかりを気にしていたら、

ついAFRICANフェアの事を忘れていた。

「5月に友の会何を送るのよ?」かあちゃんに言われて我に返る。

ちょっと弁解させてもらうと、完全に忘れていたわけでは無い。

「SUNイルガチェフとかヤン二ハラールの現在の状況は?」と待夢珈琲店さんにTELしていた。

未だとの応えで「そうさなぁー、何にしようかなぁー」

で、また忘れてしまっていた訳だ。

いや、私にとってはSUNとヤン二の存在は大きい。

特にこの時期の「SUNの水出し」は待望だ。

が・・・そうよなぁー友の会か?それとAFRICANフェアの第4弾か?


「エチオピアのNATURAL」素晴らしい珈琲豆だが、チャント紹介していない。

特に今回から入荷はイルガチェフ地方から独立した「グジ地方」の豆だ。

グジのWASHEDは今迄にも有ったが、NATURALは今回始めてだ。

この豆を飲んでみて頂こう! これに決定しよう!

という事で、AFRICANフェアの第4弾は「グジのNATURAL」に即決定!

大地耕作の珈琲日記




2018年4月22日(日)・・・アクリル網戸

珈琲の発がん性物質として有名になった「アクリルアミド」。

それまで私も全然知らなかった。

何とかこの名前を覚えようと「アクリル網戸」。

いやー、この時期は網戸の有難さが・・・。

先日も数枚の網戸を張り替えてもらい、昨夜も前日も大助かり。


昔っから私はそういう傾向が強いようだが、

全ての事を自分なりに点検してみないと納得できない。

特に珈琲に関しては販売している以上、その責任においてだ。

逆の言い方をすると、当店で販売してるものは、全て私の実体験に基づいている。


で・・・このアクリル網戸は珈琲豆の事だ。

私は知らなかったものの、この店が38年、修業時代が8年、関心を持ってからは50年。

内臓の異常は無く、全く健康優良児。

先日亡くなった関口氏も満103歳で、亡くなる迄現役だった。


何が言いたいのか。

体験主義?に限界が有ることぐらいは知っている。

特に公文章が改ざんされたり、記憶にも記録にも無く、隠しておいて悪魔の証明などと

もう開き直りの極のこの2018年。

今や「白砂糖に問題あり」とか「プッチンやガムシロップに問題在り」とか。

もうこれぇーてくれー!という心境だ。

自分で経験して、自分が納得して、他者にも情熱を持って薦める。

これが原点のようだが・・・・。

大地耕作の珈琲日記




2018年4月21日(土)・・・陽は心弾む

朝はチョット冷っとするが、日中の暖かさというか暑さ。

でも、この時期が一番好きだ。

湿気は無く暖かい、外の空気が気持ち良い。

なるべく黄砂を見ないようにの深呼吸。

朝明けるのも早くなって、起きるのも楽になった。

もう一つ、陽だ。

陽が射し始めると、楽だっただけの心に明るさが加わる。

こうしてキーボードを打っている自分に、鳥のさえずりが「外に出ようよ」と呼びかける。

待て! もう少し待て! これを書き終えてだ!

冷めてしまった、たっぷりの珈琲を飲み終えてだ。

大地耕作の珈琲日記




2018年4月20日(金)・・・砂糖は悪か 4

砂糖に対しての考察は、今日までとしたい。

そして今日は珈琲だけでは無く、紅茶の事にも触れる。


私は、数十年間ズート、朝食の時は紅茶を飲んでいる。

もっとも、夏はアイスコーヒーと言うかアイスオーレだ。

砂糖・ミルクという意味では、一年中という事だ。

今は我が家は猫4匹だが、以前は犬2匹でその犬までミルクティーとアイスオーレ(笑い)

これらは、とうぜん加糖・牛乳という事になる。


言いたいこと、もうお分かりだろう。

長ーい間、全く無意識に加糖・牛乳を加えて飲んでいたのだ。

「紅茶の主要素タンニンはミルクのたんぱく質と反応し・・・云々」などは、

この際はどうでも良い。

要は、「旨い事」が、家族の一日の始まりになっていたのだ。


私は、HOTの珈琲に限り無糖で飲んでいた事になる。

これは決して間違っている事とは思っていない。

と同じように「砂糖は悪か?」と言えば、これも否定する。

いや、
寧ろ「善」だと言いたい。

家族の和合に貢献している紅茶・珈琲、いや砂糖・ミルク。

素晴らしい事では無いか!

珈琲に入れる砂糖の量など知れている。

私が15日に加えた量は5gのステックシュガーだし、プッチンも市販の物だ。

「良い物」とは決して言えないものだ。

だからといって、開き直って「悪」とすることは、同じことの裏返しだ。

無糖で飲んでも良いし、加糖も良いし、濃いのも薄いのもまた良いものだ。

大地耕作の珈琲日記。





2018年4月19日(木)・・・砂糖は悪か 外伝

今日のテーマとは直接関係ないが、フト思った事なので、

忘れないうちに書いておこう。

業界で有名な亡き関口氏、実際に彼が点てた珈琲を飲んだことが無い。

彼は珈琲男であったが、抽出マンでは無かった。

若かった私は、彼の「切り開いた地平」を求めてしまい、自身で珈琲を点てた。

私の間違いは、既にこの時点で始まっていたのではないか?

<点てる事なんてどうだっていいよ>彼のこの言葉は何度か聞いた事がある。

でも、これを私は焙煎や生豆を強調する為だと思っていた。

本気だったのかもしれない。

抽出を実際に物凄く研究し、

サイホンも、エスプレッソも、水出しも、独自な意見を持っていた彼が出した結論。

<点てる事なんてどうだって良いんだよ>

ここでも井野耕八郎氏と袂を分かつ。

昨日も水曜教室で「ボイル式」をやったが、ドリップとは違う物の充分美味しく飲めた。

生豆・焙煎・カットが、味に大きく作用する。

もう一度言おう、<点てる事なんてどうだって良いんだよ>


今日は「砂糖は・・・」から離れてしまったから外伝としよう!

これではチョット酷いので、最後に関口氏の言葉から・・・。

「珈琲通とは、今飲みたい珈琲がどんな物なのかが分かる人で決して無糖で飲む人の事では無い」

大地耕作の珈琲日記




2018年4月17日(火)・・・砂糖は悪か 3

勘違いしないで欲しい。

「以降、砂糖を入れるようになった」訳では無い。

大人になった私は、無糖の旨さを知ってしまった。

更にはアイスコーヒーも無糖で飲んでみようと、努力している事には違いない。

そう! かあちゃんには負けたくないのだ。

ただ、<砂糖>という事を見直したし、<無糖を良し>とする風潮に疑問を持った。

単純な結論だが、やはり「珈琲は好きに飲むのが珈琲だ!」

旨いものは旨いし、不味いものは不味い。


今の時期は「筍」を良く貰う。

昨日も一昨日も貰った。

私はこれが好きで、木の芽との香りの調和は抜群だ。

筍・・・と言えば「アク抜き」。

「灰汁は抜いてあるから」が、「悪は抜いてあるから」に聞こえる。

「アク抜き」・・・・この言葉こそ悪だ。

アクは抜くものではなく、「如何に旨味に変えるかだろうよ!」

現に、頂いた人によってその旨味は違うのだ。

私は筍が好きで、筍なら何でも良い。

あの娘かな?この娘かな?・・・それぞれ個性を持って正解など無い。

でも好きなのだ!

何だかこれは、珈琲にも通じるようだ。

大地耕作の珈琲日記・・・・まだまだ続く。




2018年4月16日(月)・・・砂糖は悪か 2

さて、昨日の写真でお気づきか?

ソーサーが有る、そしてカップの右隣にはガラス製の砂糖とミルクのカス入れが・・・。

実は、砂糖とミルクを加えようとした時に気が付いたのだ。

「ペットシュガーやプッチンは何処に置くんよ? かき混ぜるには何を使うんよ!」

「ソーサーか! スプーンか!」

これらを入れて、「この残りのカスは?」

ペットシュガーはまだしも、プッチンの残りは粘度があるわぁー、白いわぁー。

仕方なく、有りあわせで済ませたという写真。


3年前、まだ喫茶をやってた時。

砂糖壺は常設してあり、ソーサーには必ずスプーンが置いてあった。

カップの取っ手は左、スプーンの柄は右・・・と。

「紅茶は違うのだ!」と英国の人に指摘され、「ここは日本だ!」と反論した事も有った。

そこには、くだらないかもしれない美学が有った。

カップの厚みも、柄も、色も、重さにも感心を示し、

だからこそ、その中身の珈琲や如何に?

まさに<カップが先か?珈琲が先か?>だ。

これが今や「紙コップ文化」だ。 こんな論議なんて昭和だ。


批判しながら、私もこの風潮に流されていた。

今更、<昔に帰れば良い>などとは思っていない。

ただ、飲めさえすれば良しとする風潮に、

「それだけじゃーいけまぁー」「そんなもんじゃー無かろう」とも言いたい。

大地耕作の珈琲日記・・・・続きはまたまた明日




2018年4月15日(日)・・・砂糖は悪か 1

本当に昔、珈琲には砂糖もミルクも加えないと飲めなかった。

そしてその時の珈琲は心底美味しかった。

今でも時々は砂糖を加えるし、やはりアイスコーヒーには入れてしまう。

それも出来るだけ少量だった。


昨日の日記の灰汁を自分で読みながら、ハタと気が付いた。

砂糖は悪か?

繰り返しのカッピングと、時代の風潮も後押ししてか、

知らないうちに、珈琲を無糖でしか飲めなくなっていた。

<たんに私の事です>

いみじくも亡き関口氏は
「砂糖やミルクを入れては本当の珈琲の味は分からない」と言い、

一方では
「珈琲は好きなように飲めば良い」と、矛盾したような事を言っている。

今迄私は、これは矛盾ではなく、主語が違うのだと思っていた。

前者は提供する側の事で、後者はお客様側の事だ・・・・と。



ところが、<昔通り>たっぷりの砂糖とミルクを使って飲んでみたら

今迄美味しく感じていた珈琲が、非常に薄くなってしまうではないか!

俺は何をやっていたんだ。

確かにカフェオレにする時は、無意識に超深煎りのブレンドを使っていた。

矛盾でも無く、主語が違うでも無く、関口氏自身も迷っていたのではないのか?

大地耕作の珈琲日記・・・・続きはまた明日




2018年4月14日(土)・・・アクも旨味の条件

先日テレビで灰汁(アク)について放映していた。

私はすぐさま関口の本のことを思い出した。





「銀座で珈琲50年」という、かなり昔の本で、私も「意を得たり!」と同感した。

灰汁、えぐ味というものが、どうしても理解できなかったのだ。

同感した私は、それ以降「アクも旨味!」等とシルバースキンも掃わない。

ただ、物凄く浅煎り珈琲や、あまりにもシルバースキンが多い豆(ブルマン等)は別だ。

で・・・、その後何年も経つが、身体の異常は全く感じ無い。


「渋柿は太陽に当たって甘味となる」

これも10数年前に聞いた事がある。

柿のタンニンは渋味の最たるものだが、これが甘味になると言うのだ。

先日の「アサリ汁」の白濁も灰汁の一種なのか?

どうやら、アク(悪)を制してこそ正義となるようだ。

正義の味方、大地耕作。




2018年4月13日(金)・・・珈琲の役目2

昔の私のこの日記を読み返した。

時々こんな事をする。

字も小さいし、細いし、今から思うとよくやれたよなぁー。


数年前と現在。

一番変わったと思えるのが、やはり珈琲観。

以前は「技術的な事」ばかりを書いていた。

特に喫茶を辞めて、今迄に出来なかった事を取り返すように・・・。

今でも技術的な事を無視している訳では無い。


しかし、それだけでは限界を感じてしまうのだ。

焙煎・カット・抽出・・・大きくは喫茶・豆売り・・・これらはあくまで部分だ。

珈琲が生活の上で果たしている役割を感じないと何でもない。

何の為の焙煎か? カットか? 抽出か?

何の為の喫茶か? 豆売りか?


収入の為と考える事も出来るし、これも一つの答えだろう。

好きな仕事で収入を得ることが出来る。

本当に好きなら、「仕事にしない」方が良い。

チョット好きなら「何故好きか?」を考えよう。

つまり、「好きな仕事で収入を・・・」なんて幻想だ。

収入を得ようと思ったら、100円単位の珈琲販売などではない。

私はこんな小さい人間では無い筈だ。

珈琲を通じた、人とのコミュニケーションをこそ感じる必要がある。

大地耕作の珈琲日記




2018年4月12日(木)・・・珈琲の役目

昨日の定休日はゆっくり出来た。

かあちゃんの買いものに付き合い、昼寝をし、予算委員会を見、早い目の夕食。

でも、やっぱり一日では駄目だな。

いや、もう3週間もすれば、連休になる。

収入としては確かに苦しくなるが、出費も少なくなる。

気が付かないまま、徐々に価値観が変わって行ってるのだ。

昨日の休みなんか、腹も減らないし、着るものもなんだって良い。

確かに住まいと自分の身体の保全への費用は多くなるが・・・。

毎日の出費に比べると、大した事は無い。


昨日素晴らしい言葉を聞いた。

「陽が射しているが、それは貴方にも、隣の人にも・・・」

ついつい、自分にだけ陽が当たっているものと勘違いしてしまう。

ところが、貴方にも、貴方にも同じように当たっているのだ。

そーか! ここから共同は産まれるのか!

珈琲の役目はここだったのか!

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年4月10日(火)・・・そのうち何とか

ゴールデンウィークは、初めての休みで、予定は何もたてたくない。

以前言った事がある。

明日の水曜日の定休日は予定が有ったが、それがキャンセルになった。

つまり、ポッと空いたことになる。


かあちゃんに、「じゃぁーこれこれしようか?」と聞いたら

「家でじっとして居たい、しなきゃならない事は作りたくない」

「なーんだ! 俺と同じ事考えてるじゃん」 
「そだねぇー」

ふざけてはみたものの、考えてること私と一緒だ。

女性には、「それでも買い物には行くわよ。 冷蔵庫に何にも無いもの」

夫婦で言う事ってたら「あーしようか?」「こーしようか?」の提案ばかり

つい互いに予定を立ててしまう。

生きていく上で、これは大切な事だろう。

それと同じぐらい「予定を点てない事」も大切な気がする。

予定ばかりの日々だから、予定の無い事を望むのかも知れない。

が、同級生からも言われた事がある。

「ヨッチャンは自分で自分を忙しくしている」

何だかそれも言えるようだ。

特に若い時にはそうだったかも知れぬが、

やっと今になってその意味が分かった気がする。

予定は未定! そのうちなんとかなーるだろう。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年4月9日(月)・・・生徒さんに教えられて

一ヶ月前ぐらいにNHKカルチャーの水曜日教室に入学された生徒さん。

教室で焙煎も経験されている。

つまり豆の鮮度は良い筈だ。

「私が点てた珈琲は膨らま無いのですが? 何か原因が?」

本当に久しぶりの質問だ。

今の私としては、寧ろ膨れすぎる事に恐ろしさを感じている。

膨れすぎると、次の注湯までに時間をかければ良い事になるのだが、

それでは温度が下がってしまう。 特にこう毎日気温が変化すると・・・。

私の関心は温度ばかりになっていた。

その日の私の答えは、「粉を冷蔵庫から出して暫くおいてみたら?」

というのも、豆の温度が低すぎて・・・だった。

が・・・、その人へのアドバイスとして納得してる訳では無い。


それから、時間が経って。

そう言えば、以前その人から「ミルを持っていないんですけど?」という相談を受けていた。

「今日のところは、このミルで挽いて帰れば良いよ!」 
「ん? これか?」

生徒の皆さんがコーヒーミルを持ってる・・・私の頭がこれを支配していた。

しかも、水曜教室は超常連が多い。

つい、私もそれに甘えていた。

昨日の日曜日にご夫婦でご来店。

コーヒーミルを買って帰られたので、取り敢えずの一安心だ。

しかし、自分に喝! 私に喝!、上手く行くことを願うばかりだ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年4月8日(日)・・・専門家の任務

私はこの時期のアサリが大好きだ。

「木の芽」(山椒)がまだまだ小さいものの、柔らかく優しい香りがする。

これをアサリ汁に浮かべると、たまらなく良いし、口の中に入っても良し。

否が応でも春を感じてしまう。


さて、肝心なアサリ汁。

何なのかは定かでは無いものの、見た目にも白濁していた。

ところが、一昨年も昨年の物も白濁しない。

先日、今年初のアサリ汁。

少しは白濁していたものの、以前の物とは全然違う。

お陰で「木の芽」ともかけ離れてしまい、調和した旨味が無い。

どうしてこんな情けない事になってしまったの?

スパゲッティに入れるとか、アサリの酒蒸しとかには良いのかも知れない。

が・・・違うだろうー! 何か、どこか違うだろう!


今の時代、嫌われても良いから

専門家の意見も、訳の分かっていない消費者にアドバイスする必要がある。

訳の分からない消費者の意見に、プロは従ってはいけない。

そして、そのプロの意見が正しければ、消費者も必ず喜ぶ筈だ。

漁師に、魚屋に、気軽に聞ける社会を取り戻したいものだ。

コーヒー屋もそのようにならなくては・・・

私もその加担者なのだ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年4月7日(土)・・・感覚か理論か?

感覚的な問題を、自分に納得させようと、また人に伝えようとして

理論が欲しくなる。

4月2日の日記にも記したが、珈琲の「発がん性物質表示問題」

私の考えは変わっていない。

が、珈琲豆屋として「かかる火の粉は払わにゃーならぬ」とは思っている。

が、残念ながら、確認しようにも実験装置は無く、私も白衣を着ていない。

「岡 希太郎先生」のご意見をは?・・・最も気になっていた。

先日FBで彼のご意見が聞けた。

結論だけを言うと、「それを表示する意味があるのだろうか?」で終わっている。

瞬間、意を得たり! と言うか武器を得たり!とは思ったが

その1分後・・・これにも反論があるかも知れない。

とどのつまりが、「時間のみ」が証明する。

専門家さん同士でやってくれ!

私の専門は、「珈琲を通じて人に笑顔を演出する」だけだ。

この私の感覚を裏付けてくれているだけが理論というものだ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年4月6日(金)・・・暑くなっているのか?

昨日は雨こそ降らなかったが、

天気も良くなく、久しぶりに少し寒く、そういう意味では春らしい日だった。

予報によると今日もだし、当分続くようだ。

当店の連休までには、天気が回復してくれればいいのだが。

先日まで晴れの日が続き、夏日で自然にアイスコーヒーが欲しくなっていた。

今は暑さに向かっているのか?寒さに向かっているのか?一瞬分からない。

正直なところ、私としてはアイスコーヒーの方が楽なのだが・・・。

そう甘えてばかりもおられない。

今日は、特にしょうもない話になってしまった。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年4月5日(木)・・・新年度のNHKカルチャー

昨日のNHKカルチャー。 今年度初で、焙煎から始まった。

焙煎に使った生豆は、勿論「エチオピアWN」だ。

焙煎度合いを示す、目標重量123g。

昨日も生徒さん5人が123gだった。

私が煎って持って行った123gを飲んだ訳だ。


実は私の焙煎度合いの基準は、コロンビアで123g。

粉の粗さも「5」、10g使用してドリップでの抽出。

そして、これを<青ラベル>としている。

それぞれの生豆によって、色も焙煎の度合いも違うのだが、

あくまでこれは私の基準で、それ以外を赤ラベル、茶ラベルと表示してある。

粉の粗さも<赤ラベルはこれ>、<茶ラベルはこれ>と私なりのお薦めを示している。

後は各自の好みになるが、私にはどうする事も出来ない。

そして、これで良いのだ。 これが正しいのだ。

正解なんて無いのが、正解だ。


話はまた横道に反れてしまった。

この、私の基準で今年度もNHKカルチャーが始まった。

勘違いしないで欲しい。

確かに、私はNHKカルチャーで珈琲を教えているが、NHKに賛同している訳では無い。

寧ろNHKには反感を持っている。

単純に珈琲だけを愛していて、珈琲を語るには「焙煎から」と思っているだけだ。

取り敢えずNHKは全国組織で、

その全国の中でも、焙煎からやっているのは福山校だけだ。

そこまで、私はNHKに無茶を言い「いつでも辞めてやらー!」と思っている。

その仲間が、昨日からまた2人増えた。

これからこの反逆児を宜しく・・・・。

だが珈琲の事だけは一切誤魔化さないで、

きっと「やって良かった!」と思えるようになる筈だ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年4月3日(火)・・・ゴールデンウィーク

既に発表しているが、5月2・3・4・5日と休む。

実はゴールデンウィークで店を休むのは初めて。

水曜日に限り休んでいたが、敢えてこの期間としたのが初。

常連様からも「何処か行くの?」と聞かれたが、今のところその予定は全くなし。

「そのうち何とかなーるだろうー!」ってのが良い。

お正月はそれなりの行事があるし、寒さとの戦い。

お盆もそれなりの行事があるし、暑さとの戦い。

何にもないゴールデンウィーク・・・考えてみれば最高だ。

出来れば何にも予定など立てたくはない。


私は予定の為に生きている訳では無いのだ。

が、店を営業し、営業の為に色んな事を犠牲にして来た。

敷地の中に住む家は必要だけど、庭も必要だ。

家の中で珈琲を飲むことも大切だが、庭で珈琲を飲む事にあこがれる。

珈琲豆なんて売るほど有る、点てる器具だって売るほど有る。

無かったのは、私の心の余裕・・・でもこれこそ本当の珈琲では無かろうか!

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年4月2日(月)・・・どうでもいい発がん性

「4月馬鹿の日」の昨日は避けたが、

今日は4月2日で「馬鹿馬鹿4/1(しい)」ご連絡を・・・・。

アメリカのロサンゼルスの判決で

「珈琲に発がん性のある化学物質が含まれていると表示すべき」と出たらしい。

これはアメリカの事で、日本では・・・?

ま、身体に良くないことは、早く警告を発するべきだと思う。

が、警告の表示だけは、いくらなんでも!いくらなんでも!お代官様。


有害物質が発見されたとしても、

表示してしまっては、「だらけ」になってしまい、今でも大変なのに更にかよ!

<注意を促す>というより、責任逃れと思ってしまう。

別に「責任を取ってくれ」等とは、私は言わない・・・言う人もいようが。

だからお願いだ・・・・「ほっといてくれ!」


薬として、全世界に普及した珈琲。

それから何百年と人に愛され続けたが、薬として飲んでいる人はいない。

今や嗜好品として、人との和合として、笑顔として愛飲されている。

これを薬理効果へと話題をすり替えた事に疑問を感じる。

私にとっては、薬理効果などどうでも良いのだ。

この自然な飲み物に、人為的な「添加物」「香料」「保存剤」に発がん性が有ったら問題だが。

もう十年前位になるかなぁー、エチオピアの珈琲豆から農薬が検出され輸入が停止した。

これは人工が自然を破壊した。

こんな事に「慣れっこ」になってしまっては断じていけない。

煙草も吸い、酒も飲み、いわんや珈琲も飲む、不良ジジイの私にも、

それなりの理屈はある。

頼む・・・・ほっといてくれ!

かあちゃんには迷惑をかける事も有ろうが、貴方には。

なんせ、関口氏は満103歳まで現役で生き続けたのだからな。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年4月1日(日)・・・四月バカ

エイプリルフール・・・何となく心ウキウキする。

人は「陽」と「陰」が半々で、毎日を生活している。

何となく「陽」がもてはやされ、「そうだそうだ!」と法律にもなる。

「陽」ばかりだと法律も条例も必要ない。

更には、国家主義の価値観の一元支配も恐ろしい。


今日は「嘘」に日が差し、「上手な嘘」こそ笑いをとる。

「人間らしい日」とも言える。

年度が替わったその日が、「嘘の日」とは最高じゃん!

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月31日(土)・・・怪我の功名

かあちゃんが豆を間違って、大量の豆が手元に出来てしまった。

38年も営業していると、こんな事も起る。

私は全く腹をたてない。

寧ろ、「そーさなぁ、この豆どう料理しようか?」

「ケニア・ギキリマ」と「エチオピアWN」・・・これチャンス?

「ちょうど良いや、アイスコーヒーの無糖に私が挑戦してみよう!」

以前にも言ったが、アイスコーヒーには私は砂糖を加える。

こんな事でも無いと、敢えて私には出来ない。


イエメンも、マンデリンも、ブラジルも使わず、私が経験した事の無いアイスコーヒー。

ギキリマの奥深い甘ーい香りとコクが、エチオピアWNに加わり

ひょっとして、これ最高?

甘味もキレも有って、無糖で味わう私の入門編としては文句なし。

その香りと苦味を味わう・・・。

旨い! 良い!

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月30日(金)・・・悲しくてやりきれない

昨日「陽」について書いたが、

考えてみると、PM2.5とかスギ花粉とか様々な問題が有って、

太陽の力が必要とは、単純に言えなくなっているようだ。

でもこれは本当に悲しい事だ。

これらは、人間が作った悲劇だし、だからこそ人間がこれを超えなくてはならない。

予想外のことは起こるし、全ての事が人類の発展になっているとは思わない。


ただ、「こんな犠牲が有るのだよ!」とか「こんな矛盾!」と告発を受けたり

誰かの犠牲の上に成立していると分かった時、

即廃止か?可能な限り早めの廃止を約束をしなくてはならない。

原発や核兵器は、その上にたっての事なのか?

私にはどうしても理解出来ない。

確かにPM2.5は中国が影響している。

中国が悪いからと、我が国が責める事が出来ようか?

北朝鮮に核兵器を持っているからと、我が国が責めることが出来ようか?

「唯一の被爆国なのに、その責任も取れないアンタにだけは言われたくねーよ!」

これが本心の様な気がする。

「陰」を味わい、「陽」を味わう事が出来るようになるのは、いつの日か?

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月29日(木)・・・陽気が必要。

いやー、やっぱり太陽の力は凄い。

とうぜん、冬の間も布団乾燥機を使っていたが、

外のテスリの関係でこの間断念。

久々に外に布団を干して貰った。

4〜5時間干しただけで、布団はフカフカ、本当に暖かく寝てても汗をかく。

こんな些細かことでも、やっぱり人間自然が一番!と感じてしまう。


さて?

人間の身体は、腹の方が陽か?

実は背中の方が陽で、腹の方は陰だ。

これは四つ足の動物を見ればすぐに分かる。

「陽」と「陰」どちらも本当に大切だが、何か「陰気臭い」現在。

「陽気に笑う」ことが必要だ。

今朝も天気がいい・・・これから自転車で外に出よう。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月27日(火)・・・暖かくなった。

最後の日曜教室でアイスコーヒーを、チョット寒いかな?

と、思っていたが、お陰様でちょうど良い感じ。

もちろん、私も改めて飲んだが、手前味噌だが最高に旨い!

全員生徒も、「いつまでも香りが残る」と好評。


昨日から、改めての店営業。

朝からアイスコーヒー注文の連続。

冬場は電話予約だったから必ず作っておかなくてはならない。

昨日も、一つ作ったと思ったら、新たな予約。

何だか暑くなることを実感する。

作りながら、「当たり前だよな、あんなに旨いんだもの」


「たまには他所の珈琲も飲んでみたら?」

基本的に私は飲まない。

若い時にいっぱい飲んでいるし、今迄に飲んで学んだことなど無い。

逆に不味くは無いものの・・・違う!と、ストレスをつのらせるばかりだ。

昨年も喉が渇いたのでファミリーマートのアイスコーヒー・・・あぁーアァ―。

もっと真面目にやれーーーー!。(素人のコンビニでは無理か?)

まぁー、他人の事はどうでも良いから、

ぼつぼつ私も、春〜初夏モードに入らなくては。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月26日(月)・・・連帯を求めて孤立を恐れず

本当に素晴らしい最後の日曜教室だった。

最後が「お別れカラオケ」だったのだが、

その最終曲が私の「君たちがいて僕がいた」。

まさに私の心境そのものだ。

私としては涙ぐむし言葉もつまる。


店に帰ったら、かあちゃんから「何時じゃと思よーん!」

覚悟はしていた。

流れが分からなければ、褒められた話ではない筈だ、

「流れを理解せよ」と云っても無茶で無理な話だ。

全ての責任は私がとらねばならない。

全ての責任をとっても、充分におつりが有るほどの日曜教室だった。

卒業生も多数来た。

感無量だ! 「君達がい・・・・そして僕がいた」

連帯を求めて孤立を恐れず・・・私が若い時の言葉だが、今でも私の言葉だ。




2018年3月25日(日)・・・最後の日曜教室

いよいよ今日が最後の日曜教室だ。

訳あって最後になってしまったのだが、どんなに短い縁であれ私は卒業と理解したい。

水曜教室にも、卒業される方が1人いらっしゃる。

逆にお迎えする方も1人いらっしゃる。

彼は日曜教室の生徒だっのたが・・・そういう意味では留年か!(笑い)

私は「始め有れば終わり有る」なんて、客観的には済ませたくない。

その過程こそ、本当に大切で、これこそ生きているっていう事では無いのか?

新しい留年生(失礼)を、新しい仲間が迎え、新しい輪ができる。

だから、新入生と全く変わらないし、私との付き合いも長くなる。

素晴らしいことだ!

特に珈琲やお茶の世界はそうで無くてはならない。


何とか「道」という言葉。 私は嫌いだ。

「個人の鍛錬」としか捉えられず、他人を眼中に入れない。

そんな世界も有るだろうが、少なくとも珈琲や茶はそうであってはならない。

「君たちがいて僕がいた」(舟木一夫の歌・笑い)

<実は今日の「お別れカラオケ」でこれも歌うつもり>

これは冗談としても、珈琲はこうでなくてはなるまい。


話は元に戻る。

生徒それぞれの人生。

珈琲報室と私との巡り会いは、確かにその1ページだ、だがそれだけでは無い筈だ。

1ページを一緒に過ごせて、卒業・新たな旅立ち。

素晴らしい事では無いか!

卒業しても、彼等にとってはあくまで私は先生であり続けなくてはならない。

いつでも珈琲の事については聞いてくれ。 応えられることは全力で応える。

前回もそう応えた、もう一度今日もこう応えるつもりだ。




2018年3月24日(土)・・・関口と私

今日は私の誕生日。 67歳になった

先日亡くなった関口氏の歳からすると、孫の歳だ。

でも彼はもう歳を取ることは出来ないので、

いづれ子の世代へ・・・・更には同じ歳へと(笑)

後、36年か? 自信ないなぁー。

でも、戦争も知らないし、珈琲が飲めなかった時が有った事も分からない。


話は変わる。

折角出した水出しの器具。

様々な用途に使えるが、珈琲以外でこの器具にしか出来ないものは?

そうだ皆が嫌うかもしれない緑茶と紅茶のミックスの水出しだ。

  

以前色々やってみて、お湯では駄目で、水出しに限ると結論づけた。

更には使用の紅茶葉はセイロンだ。

茶葉の大きさが違うので、先ず緑茶だけを・・・・

一時間後辺りにセイロン茶を・・・・

旨んまい!

緑茶だけの物を少しだけ飲んでは見て、これはこれで美味しいが当たり前の味。

昆布の様な香りと甘味が口にまとわりつくようで、私が探っているものとは
違う!

紅茶が入る事によって、香りと渋味が出る。

やってみて本当に良かった。(自己満足)

こんな珈琲が出来ないものか!




2018年3月23日(金)・・・関口氏を偲んで

SUNイルガチェフが初めて日本に入荷したのが2015年。

次の年2016年も入荷している。

昨年は入荷せず、今年入荷したら3度目の入荷となる。


実はこの最初入荷した豆を5kgぐらい実験的に取ってあった。

私は店での取扱いは、基本的にNEW CROPだが、

どうしても、関口のオールドがずっと気になっている。

もっとも、彼ほど厳密には管理できないものの、私なりに・・・・。


さて、入荷から2年半経った生豆を思い切って開封してみた。

うーん!

入荷した時の感激は全く無くなっていた。

でも、これを焙煎したら香りは? 味は?

私が期待したのは味の方だった。

香りが少なくなった分、甘味をより感じるようになりはしないか?

手編で121gを目指して・・・。

焙煎後の計量・・・121gでバッチリの筈だ。

本当は2〜3日経った方が良いのだが、そこはそれ。

ネルで、デミタスでもノーマルでも飲んでみた。

違う! やはり最悪だった。

NEW CROPの香りの良さも、味も発揮できていないし、クミタような香りばかりが目立つ。

これでは水出し珈琲なんてする気もしない。

まだ、もう5年ぐらい寝かせてみるか!

ドッピンパラリのプゥ〜




 2018年3月22日(木)・・・関口氏を偲んで

やはり駄目だ。

どうも今一元気が出ない。

昨日も水曜教室で30分ほど時間を頂いて、彼の事を話すつもりだったが

40分過ぎてしまった。

カリタのウエーブフィルターについて、もっと話すつもりだったが

これもサラ―っと流してしまった。


特濃水出しも出来て飲んだもの、何の為のこの珈琲か?

日本の珈琲業界の柱を失う事は、こんなに大きい事なのか!

森光氏を失い、関口氏を失い・・・・。

コンビニなど営利主義の紙カップに入った飲みやすい(?)

括弧つき「珈琲」ばかりがもてはやされてしまう。

本当に残念だ。・・・というより悔しい。

我が店内をもう一度見直そう。

「特濃水出し」なんてもう止めよう。

「特濃」では無いのだ、これが「当店の水出しだ!」と胸を張って言えるようになろう。




 2018年3月20日(火)・・・関口氏を偲んで

やってみようかな?と言ったら、やっている。

私には「?」と「!」の区別がよく分かっていない。

で・・・そうだ結果だ!

想像にお任せする・・・これでは何も言った事にはならぬではないか?

否、充分に言っている。


やはり、豆か!!

今有る豆を使ってでは無く、水出しの為のブレンドを考えなくてはならぬ。

それもSUNイルガチェフが入荷した段階で、これを使って・・・・。


さて話は変わる。

関口氏を偲んで、改めて彼の書いた本を読んでいる。

その中身たるや、同じ文章が繰り返し出てくる。

私が持っている本は

「珈琲伝播史」「珈琲読本」「珈琲の焙煎と抽出法」「銀座で珈琲50年」だけだが

これらは字も大きく、余白たっぷり、1時間も有れば読めるのではないか?

最後の50年も、まぁ1時間半かな?

でも、その中身たるや本当に50年だろう。

計103年として残りの53年は、彼のみぞ知る実践だ。


決して彼は文筆家ではない。

こうして、実際に水出し珈琲を追及してみて、初めて断片的に解る事もある。

ランブル・・・関口氏・・・を模倣しようなどとは思っていない。

私は、ここ笠岡で、豆屋として、仲間と共に彼を超えようと思っている。

大変な、本当に大変な事だ。

でもやらにゃーならぬ。




 2018年3月19日(月)・・・関口氏を偲んで

一昨日も昨日もお客様と「ランブル・関口氏」の話を長々とし、故人を偲んだ。

ついつい口数の多い私は、話合いというより一方的だったのだが・・・(笑)

その中で久しぶりに井野耕八郎氏の名前も出た。

< 故、井野氏は博多の「ばんじろ」の店主だった人>

東の横綱は関口、西の横綱が耕八郎と言われるほどの名手だ。

彼と関口氏の最大の違いが焙煎だ。

井野氏は決して焙煎はしなかった。

あくまで抽出だけにしがみつき、焙煎はキーコーヒーが行っていた。

焙煎のプロとしてのKEY、抽出のプロとしての井野氏との両軸だったのだ。

もちろん関口氏は焙煎も、カットも、抽出も、カップにまでとことん拘ったし、

その全ての前提条件のオールドクロップ。


井野氏はその本の中で最高の珈琲として、水出しを挙げている。

当然ランブルにも水出しはあった。

ばんじろの水出しは飲んだ事は無いのだが、

私の記憶ではランブルの水出しは特濃であり、口に入れた瞬間パーと拡がる香りと味。

まさに「これはブランデー?」と思わせる珈琲だった。

「これはどうして作るの?」・・・ランブルでも事ある度に聞いていた。


それにしても「井野さんが水出しを何故ここまで評価するのか?」分からなかった。

ランブル式?特濃は別としても、SUNイルガチェフ以外に何故に??


お客様と話していてハタと気づいた。

そーか! その当時に有った豆かも知れない!

確かに昔の豆には性根が有ったのだ。

私も今の豆で、この性根を求めて、AFRICANファアをやっている筈だ。

点て方の種類としてだけ捉え、水出しを考えていた。

考えてみれば当たり前の事だが、生豆・カット・鮮度も関連しての水出しだ。

今年はSUNイルガチェフも入る事だし、入荷したら改めてやってみる。

というより、関口氏を偲んでの、

今あるエチオピアWNを使っての、特濃水出しに挑戦してみようかな?

ドッピンパラリのプゥ〜




 2018年3月18日(日)・・・メーカー

あまり使わないが、便利な物コーヒーメーカー。

普段、私が使っているものとは、別のメーカーを使ってみた。

はっきり言って「なんじゃーこりゃー!」

「濃く」だけ感じて、白湯で薄めて、やっと飲めるようにはなったが、所詮これも一見。

温度が下がるとエグミを感じるようになり、「こりゃー、出過ぎじゃわい!」

濃く出すことが抽出の最大の目的だが、あくまで<抽らんで出す>。


濃くさえすれば良いのなら、

使用量を増やせば良いし、粉の粗さを細かくし、湯温を高くし、時間を延ばせば良い。

私は微粉が全て悪いとは思っていないし、

微粉を使ったイブリック珈琲などは凄いと思う。

が、此処はドリップの話だ。


抽出なんか軽く考えているのだが、その影響たるや0ではない。

しかも、最後の作業になる。

「みさらし濾紙撤廃運動」もそうだが、この段階で誤ってしまったら、その全てが駄目になる。

メーカーは便利な器具だが、美味しい珈琲・旨い珈琲とは無縁だ。

ドッピンパラリのプゥ〜




 2018年3月17日(土)・・・AFRICANファア3弾

ケニアのギキリマ農園の珈琲豆を少し残して、

今日からAFRICANファアの第3弾として「エチオピアWN」として販売開始する。

名前をどうしようかと考えていたが、結局このようになった。

WNとはWASHED70%と、NATURA30%の略名だ。

生豆の段階で配合したプレミックスである。


もちろんWASHED精製とNATURAL精製の2種類も今迄通りある。

この「エチオピアWN」を加えると3種類になる。

価格も3種類とも全く同じで煎豆が800円。

今の時期、私としてはこのWNが最高だと思っているが、

各人の濃さの好み、抽出器具にもよろう。

今のところこれへのコメントは控える。

ただ、カップテストを行い、共に「グジ」の素晴らしい豆だと評価したという事だけは

言っておきたい。

ドッピンパラリのプゥ〜




 2018年3月16日(金)・・・関口氏・死去

当然こんな日は来ると思っていたが、何処かで彼は200歳まで生きるんじゃない?

なーんて思っていた。

200歳は冗談としても、本当に惜しい人を失った。

さみしいけど、人間いつかは必ず死ぬ。

寂しがっているばかりではなく、彼は何を生き、後世に何を残したのか!

業界に対しての、彼の功績は山ほど有る。


珈琲に関して様々の意見がある。

珈琲を飲み続け、事実彼が103歳(本当にもうすぐ104歳)まで現役だったこと

200歳まで生きるのでは無いのか?は私の心の励みとなっていた。

私も15年位ランブルには行けていない。

生きているだけで、「彼ならどの様に考えたのだろう」という目標が私には有った。


私にとって店の経営の師匠は、今でも「なかやま」のマスターだが、

珈琲の師匠は関口氏だと勝手に思っている。

真剣に珈琲を追及していたそれまでの私だったからこそ、

「何を追及してるんだ!」頭から水をかけられたような彼の珈琲は衝撃が走った。

デミタス、カップ、ポット、ネルの濾袋その全てがオリジナルである。

いやー、先日飲んだものが最後の珈琲になろうとは・・・。




 2018年3月15日(木)・・・ペンキ塗り替え

先日から自宅の手すりのペンキの塗り直しをやって貰っている。

予め塗ってあったペンキを剥がし、錆止めを塗り、新しくペンキを。

感じでは、剥がしには2日位だと思っていたが

2人がかりで2日目の昨日。 未だ三分の一。

という事は6日は掛かるという計算になる。


店休日の昨日。

私も少し手伝おうか?・・・・と思って外には出たが、反って邪魔。

こそこそと逃げ去り、10時と3時に珈琲を!

このくらいしか出来ない私。

いや、私も子供の頃、親父を手伝ってこんな仕事をした事がある。

10時、昼、3時・・・・どんなに楽しみだったものか!

と同時に、その時間迄の「キリ」を自分でつけるし、不思議につく。

考えてみれば、この習慣が未だに店開店の10時までにとか、昼ご飯までにとか・・・。


この10時・3時というコーヒーブレイクが大切だ。

仕事をして頂いている人と、珈琲を囲んでのお喋り。

他人との親睦も発揮出来るし・・・・。

この中に自身を発見する事だって多い。

さて・・・、今日はどんな珈琲にしようかな!

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月13日(火)・・・夢は夜ひらく

括弧つき「書き換え」か? 改ざんか? 隠ぺいか?

単語の解説では無い。

国会への提出前から、「書き換えと表現するのでは無いのか?」と言われていたが、

まさにその通りになった。

「適材適所」と言っている佐川氏に「減給処分」とは、矛盾と感じる。

佐川氏の出身であろう、東大の現学生に聞いた放送が有ったが、曰く「残念だ!」

特に夢を語るこの3月、パラリンピックが行われている最中。

何の為に学び? 何の為に努力し競争に勝ってきたのか?

未来がいっぱいであろう若者に、大人が、総理が、大臣がその夢を壊すなんて。

自分の保身の為だけに・・・・。

法律の事などよく分からないが、これを<国難>って言うのじゃないのか!

「貴方の夢は?」「夢は捨てなければ・・・」とかいうが、

「夢」そのものを奪っておいて、そりゃーねーよ。

我々国民も現状を容認してしまったら、自分で自分の首を絞めることになろう。

夢は夜ひらく・・・いや夜にしか開けない・・・こんな社会にしては絶対駄目だ。




2018年3月12日(月)・・・若沖ブレンド

題目とは少し外れるものの、今日の最大の関心事は国会だ。

安倍総理も、麻生財務大臣も普通の人では無いから、如何に逃げ切るのか?

他人のせいにする、殺人するなんて、何とも思ってない人だ。

いや、それを支持した国民にも重大責任が有る。

今日を「禊(みそぎ)の日」と捉えよう。


さて、珈琲の話。

少し古い(賞味期限2月18日)ものの、保存も良好な状態で

壺中珈琲店さんの「若沖ワンダーブレンド」が飲めた。

先程のランブルの珈琲もそうだが、賞味期限を過ぎた物ばかりだ。

真空パックなり、冷蔵庫の中での保存なり、

両者共にさすがに最良の保存状態。

これはガスの状態で、点ててみればすぐに分かる。





いやー、この珈琲は素晴らしい!

ひょっとしたら、私のブレンド・・・・負けてるかも。

いや、勝ち負けが問題では無い。

逆に珈琲関係者が皆んなで、エチオピア珈琲の素晴らしさを紹介出来れば良いし

その為にこそ、私なりに努力もしているつもりだ。

焙煎度合いも最適だった、詳しくは配合率は分からないものの、

そーんな事はどうでも良いし、「エチオピアの何を伝えたいのか?」による。

次のAFRICANファアの第3弾でエチオピアのブレンドを

遅ればせながら、私なりに行う。

ドッピンパラリのプゥ〜


早く帰って、TV見よう、ラジオ聞こう、ネットで見よう!




2018年3月11日(日)・・・白牡丹

3月11日・・・東北震災の日だ。

あれから7年。

過去の事としての風化の問題ではなく、今・未来の問題と捉えたい。

現にその後も、地震や噴火が多い。


最近、同級生が来る毎に「中国茶」を振舞っている。

それも茶葉を直接カップの中に入れ、熱湯を注ぎ15分ぐらい待って

茶葉が沈むのを待って、その上澄みをすするという単純な方法だ。

 

が、この15分が良い。

楽しみを待っている時間だ。

この間、無言では済ませられないので会話も弾む。

途中で一口のお茶を・・・・。

使っている茶葉は「白牡丹」・・・・白茶だ。

極軽い発酵で、味も軽く、茶葉も大きい、香りの方が主だ。

改めて白牡丹の意義が感じられたようだった。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月10日(土)・・・ランブル

森友問題で犠牲者が出た。

悲惨なこの状況を招いたのは、何と言っても安倍とそれを支えた我々国民だ。

死は全てが楽になる。

心から冥福をお祈りしたい。

と同時に、安倍を我々国民の力で引き下ろす。



さて、昨日に続いてランブルの珈琲だ。

久しぶりに、デミタスで綺麗な酸味の珈琲を飲んだ。

美味しい! 本当に美味しい! そして素晴らしい!

「酸味」と「酸っぱ味」とは違う。

通常は「ミルクで酸味をそして砂糖で苦味を中和させる」とはよく言われる。

が、どうも私には合点しにくい所が有った。

一つには、「消して何が残るんだ?」という事だ。

消すのではなく、苦味を味わう!酸味を味わう!と能動的に行きたい。

もう一つには、良いミルクが無くなってしまったという事だ。

ちなみに、ランブルはコスモスミルク(無糖練乳)を使ってる筈だ。

酸っぱさは往々にしてカロリー不足の為、渋味を伴う事が多いし、後口も悪い。


3年前から、私は喫茶部を廃止した。

が・・・、ランブルは続けている。

その利点は、ランブルの珈琲を飲もうと思ったら、ランブルに直接行かないと駄目な事。

「こんな感じの珈琲?」ぐらいなら豆を買っても来れるが、所詮駄目。

つまり、私が今飲んでいる珈琲も所詮止まりだ。

逆に豆の購入とは、

真空パックを開封したら最後・・・「なめとんか!」と言いたくなるぐらいだ。

いや、本当に舐めているのかも知れない。

これが天才である証拠だろう。


ランブルの珈琲を飲もうと思わなければ、ランブルに行かなくても良い。

今の私はまさにそうだ。

ランブルの豆をよーく考察して、そこから学べば良い。

ランブルで実際に珈琲を飲んでしまったら、逆に豆なりパックの考察は不可能だ。

あくまで私はランブルの下部の人間では無いし、

今の此処の場所で、美味しい珈琲を広めれば良いと思う、凡人なのだ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月9日(金)・・・真空パック

実は、先日「カフェ・ド・ランブル」の珈琲豆を貰った。

これは真空パックにしてあって、賞味期限が2月24日。

私が頂いた人が言うに、「冷凍庫の中で保存していたから・・・・」

私は
「真空パックしてあるものは、冷凍庫に入れなくて良いよ!」

 
焙煎が物凄く浅い。

そもそも、何故冷蔵庫の中に入れるのか?

温度を低くして、焙煎する時に作られる炭酸ガスの発生を少なくする意味を持っている。

鮮度の良すぎる煎豆は、必ず炭酸ガスが出る。

「真空」なんて出来ない筈だ。

酸化防止の為に空気を抜くことは必要な事だが、真空?ペッちゃんこ?

既に「ペッちゃんこ」になっているものを冷凍とは?

あまり意味を感じない。(やって悪い事では無いが・・・・)

何故? 真空が流行り始めたのか?

結論だけ言うと、業者サイドの輸送の為だけだろう。

輸送とは無関係な極小店は真空などする必要が無い。

煎りたての豆を、保存容器の空気を抜いて、冷蔵庫へ・・・・が最高だ。


最後に焙煎度合いの問題。

普通各店の特殊性と問題にしないのだが、ランブルだから敢えて言いたい。

飲んだ。

確かにローストは浅いものの、先ず香りが凄い、甘味も有る。

皆が嫌う酸味もあまりない。

ただ、この珈琲をどれだけの人が評価するのだろうか?

昨日の日記にも書いたが、人は変わる。

エレファントの販売、深煎りから浅煎りに・・・真空パック。

彼は素直にその変化に応じられる。  やはり彼は天才だろう。

私なんてまだまだ青いなぁー。




2018年3月8日(木)・・・ブレンド5

事ある毎に決定したエチオピアのブレンドを飲んでいる。

昨日のNHKカルチャーの生徒さん全員にも飲んで貰った。

一昨日の日曜教室の生徒さんにも飲んで貰った。

先日、当店に来た銀行マンにも飲んで貰った。

「この珈琲、無茶苦茶旨いですねぇー、売ってもらえます?」

ほぼ半分以上営業口だろうし、私も彼に褒めてもらおうとは思っていないから相子。

「今は無いよ! それ試作品だから・・・」

「残念だなぁー、これに似たもの有ります?」

「うーん?」 彼の要求を細かく聞いてみた。

「このブレンドにしてみる? 香りは高いし甘味も有る、素晴らしい珈琲豆だと思うよ」

人それぞれの歴史も持っているし、好みも変わってくる。

ただ、私は固定化しないし、未だに私自身の味覚にも新たな発見がある。


カフェオレに私は砂糖を加えるが、かあちゃんは入れない。

アイスコーヒーにも、私は甘味を加えるが、かあちゃんは昨年から入れない。

私のこの夏の課題はアイスコーヒーの無糖が飲めるよう大人になりたい。(笑)

無糖が上等とは思っていない。

加糖も無糖も旨さが分かるようになり、自分の範囲が広がっただけだ。


また話は横道に反れたが、

「好みの問題だ!」・・・言ってしまってはお終いだ。

今のその人の好みを理解していないのは、寧ろ私の方だ。

人は変わるから、変わらなきゃならないから・・・そしてその横に珈琲が有る。

珈琲が変わることは、人が成長している事にもつながる。

最近「ほうじ茶」の事に触れなくなったのは、この迫力を感じられないのかも知れない。


私としては、今の私の珈琲を提起し続けている。

みさらし濾紙撤廃も、AFRICAN FAIRもその一つに過ぎない。

みさらし濾紙は今迄も使って来なかった。

AFRICAの珈琲豆は今迄にも扱ってきたし、今後も扱うであろう。

ただ、今迄の私とはチョット違うし、変わって来た。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月6日(火)・・・ブレンド4

早速、生豆でブレンドしたものを焙煎して、飲んでみた。

焙煎度合いは、思っていたものより少し浅いようだが、このくらいはドンマイ!

私は一杯の珈琲を作る上で

生豆5割、焙煎3割、鮮度とカット1割、抽出1割位にしか考えておらず。

生豆の質が半分、いやそれ以上を占めていると思っている。


さて、気になる評価。

良いじゃん! いけるじゃん!

尤もこの評価は、焙煎当日で、厳密に言うと後味に若干の渋味が・・・

これが当日だからか? 少しの浅さの為なのか? 粉の粗さなのか?

繰り返しになるが、こんなもの後での微調整の問題だ。

今の私への課題は生豆での配合(プレミックス)が可能か否かだ。

大丈夫! というより大成功!

と同時に次のAFRICAN FAIRの第三弾は、エチオピアのブレンドで行く。


何故? こんなにエチオピアに執着するのか?

後々ヤン二ハラールとSUNイルガチェフが入荷する事が分かっているからだ。

この豆を向かい入れる前に、

今有る豆で、全力でエチオピアの豆を紹介したかったのだ。

何と言っても、「珈琲発祥の地・・・エチオピア」「人類発祥の地・・・エチオピア」

軽く見ることは、珈琲をそして自分を軽く見る事に繋がる。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月5日(月)・・・ブレンド3

コーヒーメーカーで点てたエチオピア・グジは良いぞ!

と思ったが、手で点ててみたら「なぁーんじゃ、この味は?」

NATURALの欠点が、WASHEDの良さの為に余計に目立つようだ。

もう一度、煎り豆での「選別」のやり直し、配合比率も変えて再々挑戦。

かあちゃんも含めて、断然これの方が旨い。

じゃー、これにするか! と言ったとたん。


生豆の段階でブレンドしておくのか? 煎り豆での配合か?

私にとっては新たな問題!

というのも、生豆で配合したらセルフ焙煎も出来るが、煎豆の場合は不可能だ。

ルワンダもケニアも、セルフ焙煎する人が実際多かった。

今迄のは、全て煎豆での配合の結果だった。

やってみるしかない。

救いはNATURALとWASHED共に、焙煎度合いは一緒だったという事だ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月4日(日)・・・ブレンド2

昨日の日記また長くなってしまった。(ペコ)

今日言いたいのはブレンドに対しての我々の概念だ。

ブレンドと言うと、つい「混ぜ物・増量」と考えがちだ。

百歩譲って・・・他の生産国との配合という概念。

ところが生産国、例えばエチオピアで<ブレンド>とはコロンビア等との配合?

とてもとても考えられない。

あくまで、品質安定の為だ。

現に紅茶などは「数10種類のリーフをブレンド」だし、

煙草も「あたり前田のクラッカー」だ。


我々の住む消費国は、生産国では出来なかった<志>を持たなくてはならない。

それが「混ぜ物」という概念では、生産国に対して非常に失礼だ。

生産国と消費国の両軸で、珈琲が人類に対する功績が生まれる。

ただこれは奔放に動くのではなく、共に連動する必要がある。

生産国の方はいつでも消費国を意識しているようだが、

消費国、特に消費者は価格ばかりを意識して、生産国を真に理解しようとは思わない。

理解と云っても知識だけでは無い。

私に何が出来るのか?

一つ一つの国の個性豊かな豆の美味しさを紹介しなくてはならない。

その美味しさの伝達の為には、ブレンドも積極的に行おう。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月3日(土)・・・ブレンド

巻き寿司だったかな? ばら寿司だったかな?

男である私としては、一瞬勘違いしてしまう。

「ばら」は「薔薇」に通じ、何故か女性を連想して「ひな祭りか!」と考える。


さて一瞬迷う出来事が先日起こった。

「えー? マスターでも珈琲メーカー使うの?」

「そりゃー使うよ! だって便利が良いもの。 特に他の事やってる間」

現に、今もキーボードを打ちながらメーカーで珈琲を点てている。

使ってる豆は、昨日言ったNATURALとウォシュドのブレンド。

取り敢えず5対5の比率だ。

うーん、NATURALの発酵臭らしきものが強すぎる。

比率を変える。 3.5対6.5だ。 これまたメーカーでの抽出だ。

これで大体の予想を立て、朝飯が済んで、焙煎も済ませて、かあちゃんが店に来て

この比率で、私が手で点てて、彼女にもチャント味わって貰うという毎日だ。

その時まで・・・我が心・・・「どきどき」という訳だ。

この私の決断に勇気を与えてくれたのが、京都の壺中珈琲店さんのお言葉。

ブレンド路線に間違いは無いのではないか!


チョット横道に反れたが・・・

私はコーヒーを点てるのに何でも使う。

今迄もそうだったが、特に喫茶を廃止して余計にそうだ。

ネル、ペーパー、サイホン、エスプレッソ、ペーパレス、イブリック、プレス、メーカー等。

今はやらないが、夏場にウォータードリップ・・・大活躍だ。

これは、お客様がどんな抽出器具を使われているのか分からないからだ。

更には如何なる抽出方法でなされているのか?

私としてはネルドリップのデミが最高だと思っているが、ネルを使っている人は少ない。

何と言ってもペーパーが多数派だろう。

最初に質問した彼は、自分で焙煎し、良いミル持っている。

が、彼曰く、「みさらし濾紙を使っているんだけど・・・」

「使いなさんな! でも勿体無いから飾りにでも使う事を考えなよ」

どんなに焙煎を工夫しようとも、良いミルでカットしようとも、

最後の抽出にみさらし濾紙を使ったら全てがオジャン!

濾紙や水(メーカーには直接の水道水は駄目)以外は、抽出なんかどうでも良い。

だから余計に濾紙と水は厳密に考えねばならないのだ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月2日(金)・・・GUJI・ウォシュド

私のイメージからすると、NATURALよりウォシュドの方がイルガチェフに近い。

でも、これも素晴らしいという程では無い。

イメージに従うのか? 絶対珈琲を求めてイメージも前進させるのか?

私のイメージも、これまでの珈琲人生での過程に裏打ちされている。

まさに連帯を求めて孤立を恐れずだ。

向かわなくてはならない方向は<絶対珈琲>だ。

その一つとしての「AFRICANフェア」だし、「みさらし濾紙撤廃」運動だ。

ひょっとして<絶対珈琲への道>は、NATURALとウォシュドのブレンドに有るやもしれない。

ここでまた問題だな? その比率?

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年3月1日(木)・・・GUJI・NATURAL

いやー、すごい風だ。

「春の嵐」まさにそれだ。

弥生3月は今日から始まったがいきなりこれかよ!。

でも、有難い事に昨日の店休日で確定申告も終わり心は余裕のヨッチャン。


たまたま、2月のAFRICANフェアはケニアからとなったが

別に毎月違う種類の豆という訳では無い。

現にケニアのギキリマ農園の豆はまだたっぷり有るし、

頒布会の豆としては、やっと今月この豆が送れた。


とはいうものの、先日も言ったが第3弾の豆として、エチオピアの「グジ」を考えている。

もちろん焙煎して飲んでみた。

私の評価は80点。

生豆からは甘く良い香りがしたが、焙煎して飲んでみたら今1。

改めてヤン二・ハラール、SUNイルガチェフの凄さを知る。

が・・・、悪いわけでは無いものの、AFRICANフェアとしては難しい所だ。

私のイルガチェフに対してのイメージとは違う。

私の持っているイメージの方が古いのか?

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月27日(火)・・・みさらし濾紙撤廃

当店が喫茶部を完全廃止して、もう3年以上になる。

が、未だに当店を喫茶として利用する為のお客様が連日だ。

やむなく「すみません!」とお断りするわけだが、

商売をしている限りにおいて、お断りするってのは言いにくいし、悲しい。

その人は当店を喫茶として見て頂いているのに、それを遮断してしまう事になる。

逆の立場だったら怒るよ。

そんなひどい事を、私が現にやっているのだ。

免罪符として、「テイクアウト」なるものもやっているが、自己正当化に過ぎない。

現に私もこんな片田舎で、喫茶として認められるよう努めて来たでは無いか!

本当に申し訳ない!

珈琲豆屋として、今迄出来なかったことを追及し、提案していく事をお約束します。


その一つとして、「みさらし濾紙を無くそう」運動を展開しています。

些細だろうが、これは運動なのだ。

当店の為だけにの、「みさらし濾紙廃止」は何年も前からやっている事だが、

今回のは「この世からみさらし濾紙を無くそう!」という事で、

都合でスーパーで濾紙を買っても、「みさらし濾紙は使わないように!」

みさらし濾紙こそ、百害あって一利なしなのだ。




2018年2月26日(月)・・・GUJI(グジ)

AFRICANフェアの第3弾は何にしようかと考えている。

もっともまだケニアのギキリマは、充分に残っているので急ぐ必要も無い。

タンザニア? エチオピア? 又はウガンダ? ブルンジの再挑戦?

今年ヤン二ハラールとSUNイルガチェフが入荷する事になっているが初夏という事だ。

ウーン! 唸る!


今当店にはイルガチェフから独立した「GUJI(グジ)」のNATURALが30kgだけある。

今迄「グジ」はWASHEDだけだったが、今回はNATURALだ。

生豆は有るものの、未だテストしていない。

ヤン二ハラールも、SUNイルガチェフもNATURALだ。

良いチャンスだから、グジグジ言いながらグジをテスト焙煎してみるか!

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月25日(日)・・・日曜教室

今日を含めてNHKカルチャーの日曜教室は、後3回で終わる。

今日は講習の日、次回は焙煎、最後がやはり講習となる。

日曜日から水曜日に変わる生徒さんもいらっしゃるが、取り敢えずこれで最後。

水曜教室は、その後も続けるつもりだが、私も若くない。

いつまで続けられるのか?


考えてみればこの日曜教室も3年間か!

最初の年は日曜日に店で月一回の「無料珈琲教室」を行っていたから

月に3回の日曜日が珈琲教室の為に割かれた。

この間も店の営業は、かあちゃんにまかせっきりだった。

私も歳を取って行くが、同じようにかあちゃんも老けていく。

女性は何かと仕事が有るので、いつまでも若いと勘違いしてしまう。

何事もそうだが、始める時にはこれもこれもと積極的になる。

が・・・終わる時には、寂しさと共にタイミングが必要だ。

人生、始めと終わりを何度か経験する。

こんな時いつでも思う。

風船、萎まなくては膨れることが出来ないのだと・・・。

残りの3回の教室の間に、膨れる用意を考えなくてはならない。

珈琲で、私に何が出来るのか???

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月24日(土)・・・ブレンド

「息子のブレンドが採用になったのです。 マスターに飲んでみて貰ってくださいって」

「有難う!喜んで! そして息子さんにもよろしくお伝えください!」

彼は大学生でアルバイトとして、とある喫茶店に努めている。

が、珈琲豆は当店に買いに来る。


彼のお母さんが当店のファンで、もう30年来の常連だ。

つまり、おそらく彼が飲んだ最初の珈琲が当店の物だったのだろう。

何らかの形で珈琲に衝撃を受け、アルバイトに珈琲屋を選び、

更に、店の要望をきっかけにして、ブレンドまで作ってしまった。

その彼のブレンドが今此処に有る。



正確に言ってしまえば、

コーヒーミルは? 粉の粗さは? 水質は? 点て方は? 濃さは?

という事になろうが、この際そんなものどうでも良い。

私にとっては、彼の珈琲を通じて表現がしたいことが嬉しいのだ。

そう! ある意味、このブレンドを飲まなくても良いのだ。

ただ、彼はこのブレンドを私に飲んで欲しかったし、

私も珈琲を前にしたら、いつも真剣勝負だ。


彼は私の正しい評価?を求めているのだろうが、答えなど有る筈が無い。

もし有るとしたなら、私では無くその店のお客様がすべきだ。

私は私なりの方法で、ただ彼の珈琲を味わうだけだ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月23日(金)

頭で自分の歳を数えるのではなく、実感として感じるのは?

同じ歳の仲間がどんどん少なくなって行くことだ。

大杉連氏は仲間では無いが、私と同じ歳だというより1学年下かも知れない。

独特な声と顔・・・いやー独自なカラーを持った人だった。

彼が急死! ショックだ。

私も後、1ヶ月したら67歳になる。

私は無駄に生きたのか?

今のうちに、私にしか出来ない事を探しておこう。




2018年2月22日(木)・・・濾紙 2

未晒し濾紙についてご意見を頂いた。

本当に有難い事だ。

珈琲屋は、ついつい出来上がった珈琲の香りや味ばかりを述べるが、

紙の製造工程や技術的な事には疎い。


さて自分を弁護したところで(エヘヘ)

彼曰く。

今の未晒し濾紙は凄くコストがかかる。

発売当時の未晒しは、「臭い!臭い!」と人気が無かったから、

今や繰り返しの水で晒す方法を取っている。

その時の水の量たるや、通常の濾紙の何倍もで、この臭さを消そうとしている。

当然コストはかかり、時間も手間もかかる。

つまり、今の酸素漂白の紙の方が安価に出来てしまう逆転現象を産むことになる。

更に彼曰く。

安価な酸素漂白の濾紙に、わざわざ茶色を着色し販売しているバッタ商品も多い。


ちなみにカリタの未晒し濾紙は古ーーい、臭いーーい紙だった。

<尤も、当店は未晒し濾紙は扱わないから、古いタイプの未晒しなのだが>

一巡しても、結論的には「未晒し濾紙廃絶」には変わりない。


そんなにしてまでも、何故に未晒し濾紙に拘るのか?

消費者の「ナチュラル感覚」だろう。

昨日もNHKカルチャーも生徒さんの意見を聞いたが、全員がそういう意見だった。

本当に心して欲しいものだ。


例えばウエーブ濾紙の価格は、気が付かない内に今や1枚7円を越している。

その中には、捨てて、ゴミになる化粧箱代が10%を締める。

いくら安価な珈琲豆を探して購入しても、ペーパーに7円もかかっては問題だろう。

美しくもない未晒し濾紙を、この世から無くし、

酸素漂白のペーパーだけで、正々堂々と各メーカー争って欲しいものだ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月20日(火)・・・精進

珈琲生豆を焙煎する際

直火式にせよ、熱風式にせよ、熱カロリーが豆の何処から入るのか?

豆一粒にセンターカットの部分がある、「その両端から」と言われている。

ここから厚みのある豆の内部にカロリーが入り、豆が大きく膨らんで煎豆となる。


<豆が膨らんでいる>とは

センターカットの幅が広く丸っこい。

センターの両端が焦げている(深煎り・熱風の場合はあまり目立たない)。

その両端がひび割れている。

こんな些細な事は「飲める?飲めない?」の問題では無い。



ただ、焙煎している者の精進として無視をしてはならないのだ。

夏と冬での焙煎でも違う。・・・・あたりまえだ。

<どうしたら良いのか?>工夫の連続となる。


先日焙煎した人はギキリマを121gに煎って得意顔だったが、

私はその人に「未だ精進だな!」と言って第3ステージに入った。

<第2ステージは煎りムラ・・・これは煎っ太郎だから基本的に無い。>

いや、珈琲って難しい! だから面白い!

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月19日(月)・・・濾紙

カリタのウエーブフィルターの未晒しが無くなった。

これ以前にも言ったような?・・・・ま、いいや、大切な事だから何度でも言おう。

数年前このドリッパーが新発売になった時、

私はカリタに直接言った事をはっきり覚えている。

「酸素漂白のフィルターは無いのか? また販売予定は無いのか?」

「マスターの言われることは良ーく分かります、が会社としては予定さえ有りません」


それからまた数年後

やっと、業務用でだけ酸素漂白の濾紙が出来たが、莫大な数だ。

それでも、私はこれを入荷して販売した。

私と関係のある店「豆と麦」は、昨年8月に開業したがこのフィルターを使っている。


昨年の10月。

このウエーブフィルターの未晒しが完全撤廃し、酸素漂白だけになった。

これは喜ぶべき事と同時に・・・・・遅いんだよ!遅いんだよ!

だから言ったじゃ無いの、未晒しは本当に駄目だって!

注意して欲しい!  これはウエーブだけだから。

もっとも、当店としては全て酸素漂白の濾紙しか販売していない。




同時に、これを機に

都合上濾紙をスーパーで買っても「未晒しは買うな!」の運動を展開したい。

昨日FBで声掛けしたら、多くの人から賛同を頂いた。

未晒し濾紙を使っただけで、珈琲が不味くなる。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月18日(日)・・・オリンピック

何となく冬のオリンピックの方が私は好きだ。

雅な羽生様・・・金メダルおめでとう!

転倒は有ったものの宇野君・・・銀メダルおめでとう!

この言葉は日本人として当然である・・・らしい。


観戦するのは良いが、最近のは少し気になってる事がある。

アスリート本意ではなく、先ず「国」という事が前に来ているようだ。

2年前のリオは日本の裏側だったから、まだ諦めもついた。

今回は韓国だから日本とはあまり時差も無い。

が・・・・屋内競技などの放送時間帯が遅い。

これはアメリカのTV局に合わせているという人もいる。

2020年に予定されている「東京オリンピック?」の開催は真夏という事らしい。

真夏の炎天下の中、選手に走らすのか?

またオリンピック直前に都知事選が有るようだ。

やはり、アスリートより以前に「国」なのか?

まぁー、昔から上下しか考えられない体育会系は、常に誰かに利用されてきた。

ぼつぼつ目を覚ましてほしいものだ。

あっ! この業界も同じようなものか!

これとは対照的に思えたのが、将棋の藤井6段・・・本当に凄い!。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月17日(土)・・・自分探し

「どうもあのケニアのギキリマは私には合わないようだ」

お客様からのご意見だ。

いいね! いいね!

これが私の望んでいた事だ。

人によって、好みは違う。

場合によっては味覚の発展も違うが、そんな事はどうでも良い。

66歳のお爺ちゃんの味覚なんて、思い出ばかりで無茶苦茶だろう。


この珈琲豆は?という事から始まって

珈琲を通じた<自分探し>の旅が始まっているのだ。

<何を飲んでも一緒だよ>そう言われてみな? 最悪だ!

逆に<此処の珈琲は何を飲んでも美味しいから>と言われれば最高だ!

意を得たり!と最高だが、両者の間には<自分探し>という隔たりがある。

さて、今日もあの人には合わないギキリマを、121gを目指して焙煎しよう。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月16日(金)・・・旨い珈琲

先日チョット触れたケニアのギキリマを使ったブレンド。

やった人がいて、私もこれを飲ませて貰った。

なかなか旨い!

まず、香りが高い、甘味も有る、温度が下がると気持ちの良い粘度、後口も良い。

ただ、私が目指していたものはギキリマをベースに・・・。

その点は残念でキリマンジャロがベースらしい。

どおりでスマートな味わいがする。


ついつい私を含めたコーヒー屋は、単体の豆に縛られてしまう。

決してブレンドを軽く見ている訳では無く、寧ろ作品だと思っている。

が、一般の消費者とコーヒー屋の違いを感じてしまう。

消費者の本当の要求に、コーヒー屋が応えられているのか?

お客様に煎豆や生豆を購入して頂く時も数種類の豆。

「何故なのかなぁー?  どうするのかなぁー?」

何十年もズート思っていた。

「きっと、気分によって変えるのだろう」その位にしか思えなかった。

この事も含めて、やっと分かったような気がした。

消費者は、最後に残った珈琲を混ぜて飲む。

「ブレンドはこう有るべきだ」なんて私が勝手に言ってるだけで、

そんなものに従う必要なんて全くない。


ようは、コーヒー屋と消費者が思っている事とは違う。

そして、消費者が何を望んでいるのか?を知ろうとする事が私の役目でもあった。

それは消費者が望むコーヒーを作ろうなどという意味では無い。

「ギキリマは120gか121gが一番美味しく、基本的にミル目は4」と私が提起する。

そこからは「知るかよ! 勝手に遊んでよ!」と、私が心にゆとりを持つ事だろう。

「旨い珈琲」とは、それぞれの人が飲んだその時に感じることで、

私には「美味しい珈琲」しか作れないという限界を持っている。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月15日(木)・・・駄目だ!こりゃぁー

先日ハワイに行った同級生から土産を貰った。

「これ、カウアイ100%なのよ。」

「よし飲もう!」その彼女も含めて3人で味わってみた。

「不味い!酷い!」・・・私も同級生だから好きな事が言える。

如何に私でも、折角買ってきてくれたものを目の前で廃棄することはしない。

取り敢えず冷蔵庫の中での保存。


さて変なきっかけで、この煎り豆を再度煎る事になった。

以前、2度煎りについて触れた事がある。

昔のマンデリンのムラを少なくするために、生豆を2度煎りした事もある。

ただし、取り敢えず製品になっている煎り豆を使って、

もう一度煎るなんて、私にとっては40数年ぶりのことだ。

さて、どの様にするかなぁー。

投入温度低め? 高め? いつ釜から出すの?


カップテストレポート

確かに前より飲めるようになったが、やはり「駄目だこりゃー」

何だか身体にも良くなさそう。

漂うあの甘いアロマは全くないどころか、変な香りが漂う。

改良の余地なし、サヨウナラ! ゴミ箱行き。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月13日(火)・・・ケニア

AFRICANフェアでのギキリマ農園の紹介にだけ縛られていたのは

実は私自身だった。

もっともっと・・・の方法の一つとしてブレンドも考えられる。

<このギキリマをベースにしての新たなブレンド>

うーん、とにかくやってみるしかない。

折角AFRICANフェアと大上段に構えたのだから、大いに羽ばたくしかない。

折角のケニア。

折角のギキリマ。

あの豆とあの豆を使ってみようかな?

考えてるだけでも結構楽しい。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月12日(月)・・・ケニア中間報告2

昨日も寒かった。

でも頑張って日曜教室に行った。

白いものが舞っていたが、先日迄の冷たさはあまり感じなかった。

やはり春か? 我が心、既にSpring。


さて、日曜日教室の生徒さんの一人が、ランブルに行ったらしい。

「何を飲んだの?」

「これとこれとこれと3種類。」

その中にデミタスも含まれていた。

ところが、彼女「どーも、私にはあの酸味が・・・」

私は
「酸味と酸っぱ味は違う」と言えただけだった。


実はここには2つの疑問が有ったのだ。

1つは、確かにランブルのローストは浅くなっている。

2番目は、その人の味覚を固定化している事だった。

私は断じて「いい加減で良い」なんて思っていないし、「流されれば」とも思ってない。

自分の味覚の基調を持つべきだが、固定化せず、流れの中で如何にこれを発揮するのか?

つまり味覚という物は成長する。

酸味が有るか否かは非常に単純な味覚だが、これだけが珈琲の要素では無い。

香りの種類・苦味・甘味・渋味・奥行き・後味・水質など複雑だ。

その全体での一つの結論だ。


それでもまだまだ訂正は有る。

今日出したケニアのギキリマが、明日には問題と感じる事だってある。


熱風でしか焼いたことが無い、ギキリマを直火での味は?と先日手編で焼いてみた。

熱風で焼いたのはまさに真剣で、いい加減では無い。

私が勝手に「もっともっと・・・」と思っただけのことだ。

しかし、そう思える豆こそ良い豆だと思う。


いつかは焙煎だってロボットがする時代が近く来るだろう。

ロボットは固定化したデータでしか動けない。

生きた人間は流れの中で過去のデータを捉え、未来に向かう事が出来る。

ここに面白味を感じ、人はここにこそ動く。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月11日(日)・・・ケニア中間報告

今日もNHKカルチャーの日曜講座で焙煎の日だ。

今日もケニアのギキリマを焙煎する。

同時に、店で私が焙煎し販売ている中間報告。


さすがにケニアでお客様からの要望は凄い!

同時にケニアをAAとギキリマの2種類に分けたのが大正解。

言うのも、この2種類は焙煎の度合いが違うようだ。

結論から言うとギキリマの方が、フレンチローストに違いないのだが少しだけ浅い。

言葉で表現すると、フレンチの「弱」と「中」って感じか?


香りは甘く、味も甘味とコクを発揮する素晴らしい豆ギキリマ。

しかし、その分この豆の良さを最大発揮してやろうとすると「中」では過ぎるのだ。

逆にこれをブレンドに使うことは難しい。

ローストは変えないで、豆の使用量を変えるだけの方が良い。

改めて、当店に対してのルイスグラシアの偉大さを見た。 

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月10日(土)・・・210の日

昨日は久しぶりに本当に暖かかった。

今迄寒かったから、何となく春を感じる。

週明けは再び寒くなるらしいが、三寒四温という事が「春」だ。


さて、今日2月10日は毎年のことだが、高校の同級生が集まる。

私たちは21期生なので、「21丸の日」と11日の休日の前日に決めている。

この日に決めたのは約20年前で、翌日が休日という意味もあった。

この年になると、毎日が休みで「サンデー毎日」であまり意味を感じない。

でも「今年の210は何処?何時ごろ?」と一般化している。


さて、昨日から平昌オリンピックが始まった。

位置づけ・意味づけは様々あろうが、北朝鮮と韓国が共同し戦争を回避しなくてはならない。

妥協の連続であろうとも、絶対に戦争は避けねばならない。

戦争は断じて喧嘩では無い。

どちらが悪いとか、誰が悪いとかを考えるのは勝手だが、泣くのはいつも善良な市民だ。

今日はとりとめのない日記になってしまった。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月9日(金)・・・紅茶


昨日の日記は長くなり過ぎた。

でも、大切な事を今迄気が付かなかったのだ。

寒いからというだけで、自分の為だけに暖房を考え、それが生豆にまで影響していたとは。


さて、今日の日記は? 紅茶のことだ。

全ての飲み物の中で、身体を温めるのは紅茶だけらしい。

この寒い冬に最適という訳だ。

しかもカテキンがたっぷり含まれていて、インフルにも良い。


「ちょっと教えてよ! 皆んな紅茶をどんな風にして飲んでるのよ!」

紅茶を頭の中だけで難しく考えすぎるようだ。

これに拍車をかけているのがティーバッグやお茶パックだ。

紅茶の入れ方などは、既に完成している。

実はティーバッグに使っている茶葉はCTCで、普通のリーフとは製法が既に違うのだ。

お茶パックをティーバッグと勝手に思い込み、それを無理に使おうとするから問題が起こる。


日本人は緑茶の為の急須を皆んな持っている。

急須は、つまりティーポットなのだ。

茶葉を緑茶から紅茶に替え、カップに注ぐ時に茶漉し(無ければペーパー)を使えば良い。

必ず熱湯を使う事・・・・これもほうじ茶と同じだ。

お湯の温度を低くしたりと、反って緑茶の方が難しい。

生まれながら、我々のDNAの中に組み込まれており自然に従うだけで良い。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月8日(木)・・・
冬の焙煎

立春を過ぎ、気持ちの上では春を待っているのだが、

確かにこの時期が一番寒い。

特に今年は寒いようで、水道管の凍結もしょっちゅうだ。

外猫の水も凍っているので飲めない。

毎朝お湯を沸かし氷を溶かして飲めるようにしてやる。


さて、珈琲の話だ。

生豆も冷たくなっている事をお忘れなく。

ほぼ毎日ぐらい生豆を発送しているのだが、(当店は決して生豆屋では無い)

「上手く煎れない!」という相談が多い。

どの様に煎っているの? 道具は何を使っているの?とは、遠方の為に聞くことが出来ない。

結局、「皆さんこんな事をしているようだよ。」などと言って逃げざるを得ない。


今日はそのこんな事を記してみよう。

@生豆投入前の予熱を少し高い目にして、投入したら霧吹きで生豆に水をかける。

水抜きなのに水をかけるとはこれ如何に・・・(大笑い)

つまり蒸す事によって逆に乾燥させる(水蒸気乾燥)

これは「煎っ太郎」で私がやった方法だ。


A手編など直火式でやっている方法だが、最初の水抜きの時間を長くとる方法だ。

しっかり、豆の中まで熱を加えようという事だ。

これは昨日のNHKカルチャーでもやってみたが、成績が良いようだ。

うちわなどで網の上から覆うのも面白い。

当然見えないが3〜4分の事だから気にする程では無い。


B豆が少量の場合、生豆自体を「こたつ」などで温める。

これは現にやっている人がいて、これも意外に成績が良いようだ。


実は、抽出後の珈琲の粉を外に出して、乾かせているのだが

先日、店の中に夜しまうのを忘れてパナシだった。

朝見ると、中の水気の部分が凍っていて10時になっても溶けていない。

いやぁー、意外! パナシも初めてだが、これを見たのも初めて。

 
白い点に見えるのが氷

想像以上に冷えている。

生豆の保存は室外では無いものの、暖房を点けて、表面温度、11時の段階で8℃。

朝方など、そしてドンゴロスの中の温度はおそらく5℃以下。

つまりは、冷蔵庫の中での保存と考えて良い。



やはり、何か工夫せねばならない。

急に「私は逃げていたのではない!」と感じ始めた。

大真面目に各自考えて、地域に合った方法を皆んなの為に教えて欲しい。

ドッピンパラリのプゥ〜





2018年2月6日(火)・・・
ヤン二入荷の情報

今日のトップニュース

今年も「ヤン二・ハラール」が入荷する事が決まった。

ヤン二と言えば、昨年のコーヒーフェアで紹介し、

その後も大人気の豆だったが、追加注文も出来ず更には次の入荷も危ぶまれていた。

それが入ってくるという。

嬉しい本当に嬉しい、飛び上がって喜んだと同時に岐阜の今井氏に心から感謝する。


更に「SUNイルガチェフ」が入荷する事も、既に連絡していると思うが

この豆も予定通りの入荷となる。

という事は・・・・銘珈琲が今年2種類じゃん!

更には、今年入荷するという事は・・・・来年も再来年もの可能性大。


今年AFRICAN FAIRを始めて本当に良かった。

このフェアのきっかけは長期の正月休み。

だが私の心の奥底には、

ゲイシャやパカマラなど確かに美味しいが、それだけでは無い何かが?

をAFRICAで私自身も探したかったのだ。

現に今井氏の昨日の電話によると、

モカ系統の豆の需要が減っている。 スペシャリティーの見た目綺麗な豆がもてはやされる。

そういう意味では、今の事態は嘆かわしい。

逆に、だから今こそ一歩飛躍の時だ。

本当の珈琲を知ろうとするバネの時だ。

美味しいだけではなく、旨い・楽しい珈琲でなくてはならない。

天は我々に味方する。




2018年2月5日(月)・・・妻の誕生日

今日は私の妻の誕生日。

単なる「のろけ」のようだが、いい歳をした私がのろける訳がない。

妻とは空気のような存在なんて言うが、

私にとっては、自分の分身的存在だ。

今迄、従業員も何人も使ってきたし、修行に来た人も何人もいる。

この時にも、私と一緒に考え、悩んでくれた。


私は本当に珈琲馬鹿で珈琲の事しか考えていない。

経営という意味では全く脳無しで、未だに店の営業が成り立っているのは彼女のお陰だ。

本当に心底そう思っている。


私には一年に3日喜ばしい特別な日が有る。

私の誕生日と妻の誕生日と結婚記念日だ。

未だにやりきれない日は娘の命日だ。

今日はその特別な日だ。

繰り返すが、彼女は私の分身だ。




2018年2月4日(日)・・・立春大吉

昨日に続き、今日は立春。

立春 立春 立春・・・良い響きだ。

大体、「立」なんぞらの時が、一番寒さったり暑かったりする。

今日も朝から寒いし、ますます寒くなるようだ。

でも、何となく立春と聞くと心が晴れる。

我々には「待つ」という能動的な心が働き、今年の寒さもこれまでと思う。

何故か冬の寒さには「陰」を感じ、春には「陽」を感じてしまう。


そう言えば、今年の冬はエスプレッソもイブリックも飲まなかった。

年末はルワンダ、1月はケニアと何だか小忙しくって・・・。

そうだ! この寒波の間に飲んでおこう!

微粉の旨さを再認識しよう!

暑くなろうものなら、ICEばかりで絶対に飲むまい。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年2月3日(土)・・・節分

今日は節分、そして明日が立春、明後日がかあちゃんの誕生日と続く。

が、今日は節分考。 そう豆まき。

豆撒きに使う大豆は「煎り豆」。

何故煎るんだろうか? 一説には、大豆から根や芽が出ないためと聞く。

生の豆を水に浸けて、それを乾かせ、またそれを焼くらしい。


ん? 珈琲とそっくりだな!

私はやっていないが、亡き森光氏はこの作業をやっていたらしい。

何℃の水に、どの位の時間漬け、どの程度に焼くのかで味も変わるらしい。

ちなみに、珈琲の生豆をずっと漬けて一日ぐらい置いておくと、芽らしきものが出る。

その漬けて置いた水も、緑がかった気持ちの悪い色だ。

その水を飲んでみると・・・・。

もう止めよう!


私は現在66歳。

歳の数だけ大豆を食べるらしいが、珈琲も66粒か?

おっ! 一杯分の珈琲にもなるじゃないか?

やっぱ、珈琲は食べるより飲む方が良いな。

ドッピンパラリのプゥ〜



2018年2月2日(金)・・・ケニア 2

昨日が初日だった第2弾のケニア・ギキリマ農園。

サンプルでは飲んだものの、本体としては初。

焙煎の度合いも充分に配慮し、いよいよの販売開始だ。

おっと、その前に私もかあちゃんも、そのものを味わっている。


やはり凄い!

私の評価ではルイスよりもタニタよりも素晴らしい。

そして過去「ジャングル農園」というのも有ったが、これに匹敵する筈だ。

さて・・・もう一つの問題はその価格。

確かに生豆はお高い、しかも全てバキュームパックだ。

「煎豆はルイスとも、ケニアAAとも、同一価格にしたい」

これが私の要望で、かあちゃんにも賛同してもらった。

100g¥780

確かにお安くは無いものの、これが私に出来る精一杯の気持ちだ。

当然フレンチローストの深煎りだから、2割以上の目減りだ。

ってやんでぇー、べらぼうめ、ウメェー物をたっぷり飲んで頂くんでぇー。

ドッピンパラリのプー




2018年2月1日(木)・・・AFRICANフェア第2弾

店休日前日の午後、ケニアのギキリマ農園の生豆が入荷した。

今日焙煎の予定だし、本日より第2弾のAFRICANフェアを始める。

別に毎月とは考えていないし、たまたま2月1日からとなった訳だ。

昨日、NHKの水曜日教室だったのだが、このギキリマ農園の珈琲は持って行けてない。

頒布会も今月の珈琲は「ルワンダのハニー」だ。

その意味では少しずれる。


もっとも、生豆の香りだけは嗅いでいる。

この珈琲は全てバキューム(真空)パックだ。

粒はABと少し小ぶりだが、やはり素晴らしい筈だ。

今朝の焙煎楽しみだ。




2018年1月30日(火)・・・鍋料理

寒いからといって鍋。 本当に有難い。

この鍋料理は炊き続ける事になる。

水気は少なくなり、味としては濃くなる。

これは白菜など野菜を加えることで、そこからの水気と旨味で調整されている。

さて、一番最後に〆とばかりに乾燥ラーメンを入れた。

これは逆に水気を吸い取ってしまう。

つまり、どうしても味が濃くなってしまうのだ。


ふと考える、これは珈琲にもいえる事では無いのか?

最初の一口目の味と、二口目の味は確かに違う。

これを解消する為に、以前から珈琲を薄めたものをお客様に水代わりにお出ししていた。

珈琲が出来る間、無意識にお客様が口に含むことになる。

「これは麦茶?」「そう!嘘だよーん!」などと冗談を言いながら、

実は既に珈琲を飲ませていたのだった。

喫茶ではこんな小手先の演出も出来たが、今は・・・・。

鍋を食べながら、こんな事も考えた。(我ながらオタクと笑う)

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月29日(月)・・・日曜教室

今年最初の日曜教室では無いのだが、前回は焙煎だった為に講習は始めて。

何をしようかな? 最後まで悩む。

持って行く珈琲豆も、何にしようかな?

昨日まで、「やはりルワンダのNATURALか?」と思っていたのだが

昨日の夕方、煎豆が本当に無くなってしまった。

仕方なく、エチオピアのNATURALを・・・。

これも、今年のAFRICANフェアに何月かに必ず登場する。

その意味では前倒し。


NATURALと WASHEDとHONEY精製の違いをもう一度整理しておいた方が良い。

講習のテーマは「果実の収穫から抽出迄」としよう。

簡単に言えば、軽い流れの中で捉える必要もあるし新年らしい。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月28日(日)・・・AFRICANフェア

今年からのAFRICANフェア。

その第一弾としてのルワンダ。

昨日お客様から初めての反応が有った。

「ルワンダ・・・本当にスゲー美味しいね。」

何とこの声、昨日だけで4人のお客様から。

心底嬉しい。


勝手に私が計画し、「それがやれるのはこの店だけだ!」とも常連様に言われ、

その段階でも、気を良くしていた私。

でも「実際には?」がズート気になっていた。

<珈琲は飲み物であって、見るものでも語るものでも無い>

確かに「この豆には、こういうストリーがある」と言えば、「ほうー!」となり、

それなりの意義らしきもののように感じる。

これは、はっきり気のせいだ!。

飲んでみて期待通りで無かったら、ガックリすることだって多分に有る。

<美味しい事が楽しくさせてくれる、楽しければ美味しい>

全てはそれに尽きるようだ。


愚痴っぽくなったが、

この珈琲豆が気に入ってくれたのか、否か?の私なりの判断は、

再びその豆を買ってくれるのか? またその豆の名前を覚えていてくれるのか?

これは無言で充分だ。

ところが、再びという量が無い為に、私の方からも働きかけれない。

しかし、「あのルワンダは本当に美味しいね!」と口に出して言われたら

本当に良かった!と感激してしまう。

昨日の日記にも書いたが、第2弾の「ギキリマ」は3体の注文。

たっぷりある。

確かにもう後は無いにしても、その時はその時だ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月27日(土)・・・ギキリマ農園

「友の会」用にルワンダの生豆を確保したら、ハニー製法の方も少なくなった。

と同時に、AFRICANフェア第2弾としてケニアを考え

昨日、その豆の注文も済ませた。

迷った末「Gikirima(ギキリマ)農園」の豆に決定した。

が・・・、いちおうこの農園の豆もこれで最後のようだ。

やはりケニアは今でも入荷が困難だ。


この農園の珈琲豆が最高などとは思っていない。

だいいち「最高」など存在するわけがない。

味を評価する私も天才ではなく、単に経験が長いだけだ。


経験が長いという事は、過去に縛られているだけかもしれない。

でも、それが今の私であり、ご常連様と一緒に作って来た歴史だ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月26日(金)・・・寒い!2

寒さの為にテレビのニュースでもその寒さ放映していた。

その画面の中で、ランニングしている人が立ち止まって

水たまりが凍った写真を撮っている絵が流れた。

「しょうもない! あの撮った絵をどうするというのよ?」

本人はそこに居る訳だから伝える必要はない。

記念にとも思えるが、しょうもない水たまりを記念にするか?

おそらくは、誰かに伝えたいのだろう。

伝えられた方も、無視するわけにも行かず・・・どうしようもない。

まぁー、同じような人種なら、ほっとけという事になろうが。


仮にも数年間だが、私も写真に凝った事がある。

「表現手段だ!」 「感動だ!」 「レンズは武器だ!」などと言われた。

そのどれにも属さないテレビからのこの絵

いやー、世の中変わったものだ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月25日(木)・・・寒い!

何じゃい、この寒さ!

どうも昔っから私は寒さが苦手だ。

昨日の店休日もストーブの前で、国会中継・相撲を見ながらじっとしていた。


相撲は今場所からAmebaTVでも放映している。

お陰で店でも見れるようになった。

改めてNHKで相撲を見ると、その違いが歴然とする。

いったいNHKは何台のカメラを使っているのだろう?

逆にAmebaの方は朝8時半からズート中継している。

それぞれの放送局の特性を発揮しているようだ。


この寒さも冬の特性と思えば、心が和らぐ。

さぁー外猫に餌をやろう! 外猫は寒いだろう。

おいらも寒いのは苦手だい!

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月23日(火)・・・中途半端は止めて

私はHOTの珈琲にも時々砂糖を入れる。

甘味が増加すると同時に苦味が抑えられる。

ICEコーヒーには加糖じゃないとどうも・・・お子ちゃまなのだ。

かといって、たっぷりという訳でもなく、苦味もコクも味わいたい・・・大人っぽい。


さて、ミルクは?

ICEの場合はこれも加えるとアーモンドの様な香りになり好きだ。

たっぷりの牛乳を入れて「アイスオーレ」など夏に毎朝の事だ。


今の時期、ICEの事はさておいて、HOTの話。

ミルクを入れると、香りが完全に変わってしまう。


というよりミルクの香りの方が勝ってしまうのだ。

どんな珈琲を飲んでも一緒になってしまうのだ・・・アーアー残念でござる。


どうせ入れるのなら、牛乳と砂糖をたっぷり入れてカフェ・オ・レにしたい。

<わが心、すでにフランス人>

こうなると、どんな珈琲を選ぶのか?を考える。

基本的には、好きに飲めば良いという珈琲だが、ブラックに限るなどと片意地張らずに、

もっと柔軟に肩の力を抜けば、開けてくるかも知れない。

でもやはり、中途半端は駄目ということらしい。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月22日(月)・・・これぇーてくれー

「お父さんが、もうこれぇーてくれー!って言うんです」

これは当店の珈琲の事では無い。

逆に「だからここに珈琲豆を買いに来たのです」

ちょっと共通語に直してみよう。

「これぇーてくれー」の「こらえる」は、「勘弁する」で、「くれー」は「ください」、

つまり、「勘弁してください」


原点に戻ろう。

珈琲は虐める為のムチではない。

幸せな気分にさせてくれるアメの役割の筈だ。

更に、お父さんは珈琲が大好きなのだろう、ズート我慢してきたのだろうな。

更には、当店の珈琲で幸せに出来るのかなぁー。

「もうこれぇーてくれー」、この一言で様々な情景が浮かんでくる。


「もうこれぇーてくれー」は珈琲マンとして最大の屈辱だ。

これを屈辱とは感じず、事務的に済ませてしまっては・・・これこそ感性の摩滅だ。

絶対にこんな珈琲を作ってはならないのだ。

近い将来、ロボットが焙煎するようになるかも知れない。

その意味では本当に深い言葉だ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月21日(日)・・・珈琲豆屋とは?

3年前に「喫茶」を完全に廃止して、「珈琲=喫茶」という圧倒的jなイメージからの脱皮。

先ずは<自分から・・・>と喫茶から解放され、

今迄以上に焙煎・ミル・保存・抽出が点検出来るようになった。

この作業はまだまだ今後も続く事だろう。

在りもしないかも知れない「絶対珈琲」を目指して・・・・。


それとは別に

珈琲豆屋には何が出来るのか?

これは珈琲を武器にした人への貢献という意味だ。

NHKカルチャーは、私に大きな1頁を与えてくれた。

鴨方や福山・新涯の公民館、笠岡道の駅・市民会館でも数回の珈琲講座を開催した。

でも、これらも単発で「喫茶からの脱皮」からは程遠い。

未だに続き、10人以上の方が店まで出しておられるのはNHKカルチャーだけだ。

私もこれをやっていなかったら、喫茶を超えれなかっただろう。


ん? 喫茶を超える? 解放では無いのだ!

実はここからが今日の本題。

「煎っ太郎を貸してくれない?」

突然の話で、私も即答出来なかったが、基本的には
「良いよ!」

「一日いくら?」 
「もちろん無料でも良いんだが、それじゃー反って気を遣おう!」

<貸してくれないか?>


その全てはこの一言から始まった。

ここに私は<超える>意味を感じ始めた。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月20日(土)・・・再度ケニア

ルワンダの事ばかり書いていたが、私にとってはケニアの方が重要だ。

しかもAFRICANフェアの第2弾として、出来ればケニアをと思っている。

頼みの綱にしていた「ルイスグラシア農園」の豆が無くなったから、余計にあせる。


ルイスのあの風味で同等なもの、出来ればそれ以上の物。

それはいつも念頭にあるが、今回だけはまさしくそれだ。

ルイスが有ったから、先日のタニタ農園の物も紹介できた。

<今やこのタニタも無い>


結局、今回もこの2本立てで行こうと決めた。

もっとも、この2本の路線は同じタイプで選ぶ。

「フルシティーブレンド」や「瀬戸内ど真ん中珈琲」や「フレンチブレンド」にも

ケニアはたっぷり使っているのだ。

これらを留保する訳にもいかない。


その為のケニアが昨日届いた。

尤も単一農園の物では無いから、ケニアAAとだけ記そう。

取り敢えず、これでブレンドは内容も価格も維持出来る。

後は「AFRICANフェア為だけのケニア」を探せば良い。

これも、今のところ候補は有る。

ルワンダのHONEY製法が無くなる迄の期間のうちに・・・。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月19日(金)・・・中間報告 5

ルワンダのNATURALが生豆がもう無くなった。

こういう風に書くと、NATURALが良く、HONEYの方が劣るのか?

とんでもない!

思い出してほしい、HONEYの方をいの一番に「素晴らしい!」と評価した事を。

その後も何度か飲んでみて、やはり素晴らしいのだ。


ある意味、私も悪いのだ。

確かにルワンダのNATURAL製法は初めてだし、私は個人的にも圧倒的にNATURALが好きだ。

だから、つい「NATURALを焼いてみて!」と薦めてしまった。

昨日が18日。

今年の営業開始が6日だから12日間で無くなってしまうとは誰が考えようか!

本当にスミマセン。


でも、政府が昨年の春、輸出を許可したのだから、今後も入荷する事が考えられる。

今回のNATURALは無くなったが、次の入荷に期待したい。

ちなみに・・・私が焼いた煎豆は未だ充分に有ります。

そして保存も確実に行います。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月18日(木)・・・中間報告 4

ルワンダ120g・・・舐めるんじゃねぇー。

昨日の水曜日教室も、予想通り120gを割った人少なし。

119gと117gの2人だけ。

私が持って行った120gの煎り豆の珈琲と、その時に煎った117gを共に飲めた。

さすがに水曜日教室、普通こんな事絶対に出来ない。

私も117gに煎った豆を飲んだことが無い。

118gは飲んでいるし、先日の119gも大体の予想はつく。


かといって<難しい!>と構えないで欲しい。

というのも、

結果は・・・共に旨いのだ。

ただこの2つは「えーーっ」と言うぐらいに違うのだ。

先日の123gのこの豆、キリマンジャロ・コロンビアとブレンドした珈琲を飲ませてもらった

これが、また良い香りがして本当に旨いのだ。

<このNATURAL精製の方は120g、HONEYは123g>と決定したのは、

単に私だけで、この豆には最高の焙煎とは思っていない。

繰り返しになるが、私は天才ではなく凡人だ。

あくまで私の焼いた珈琲が頂点などでは無いのだ。


当店で煎豆を買ってくださったお客様は、

私の焼いた珈琲を押し付けられてるに過ぎない。

もっとも、商品である限りブレる事は許されないし、

材料の生豆も問屋がどう言をうと、私の路線に有った生豆を選択している。

決めた以上、その味を守り続けなくてはならない。

繰り返しになるが、でも最高とは思っていない。

この豆は117gで・・・、121gで・・・、123gでどの様な顔を見せるのか?

いやぁー、非常に面白かった。

ドッピンパラリのプゥ〜



2018年1月16日(火)・・・中間報告 3

先日は今年初のNHKカルチャー日曜教室。

焙煎の日で豆は当然ルワンダ。

NATURALか? HONEYか?当日の朝まで悩む。

明日の水曜日教室はNATURALに決まっているのだが・・・。

今日からの人もいるらしいから、結局HONEYの方に決定した。

というのも、HONEYの方が許容範囲が広く思えたからだ。


目標123g。

ところが良いのか悪いのか、122gや124gの範囲内で123gピタリの人も2人。

初めての人は?

彼の焙煎、私がピタリと横についていた為もあってか、124gで出来上がってしまった。

これじゃー、面白くないじゃん!

「許容範囲が広そうだから持ってきたのに・・・。」

各人の目論見と違う結果だからこそ、工夫というものが生まれる。

許容範囲の狭いNATURALで「舐めるんじゃねーよ!」と喝を入れるべきだった(笑い)

さて、明日の水曜日教室は喝だらけになるのか(笑い)

水曜日教室の生徒さんは、よじ登る力が有るからなぁー。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月15日(月)・・・中間報告 2

日曜日にしか来ない例の彼。

煎っ太郎でルワンダのナチュラルを2釜焙煎する。

1釜目・・・彼に突然の野暮用。

「違反じゃが、この間私が見ててあげよう!」

「彼、早く手が離せないかなぁー、でないと結局私が焙煎してしまう事になるじゃんか?」


結局、最後まで私が焼いてしまった。

結果、チョット深かったようだ。

「あれーー!。 ごめんな!」


計量してみたら119.1g

目指していたのは120g。 やっぱり、チョット深すぎた。

「もう2ハゼが終わってたもんな」


2釜目

今度こそ、彼が全てやる。

「結論を言おうか?」 「浅い!」

計量してみたら123g。

「やっぱな」


「フレンチロースト(茶ラベル)を舐めるんじゃないわい。」

「これなら、フルシティーロースト(青ラベル)で行くでぇー」


この豆、サンプルで、私も123gを焼いた事がある。

ただ、この時は結果を急いでいたので、時間が経った豆は飲んでいない。

時間が経ったらどの様になるのか? 知らない。

まぁー、そういう意味では期待が残っている。

こういう私が知らない側面をはっきしてくれるセルフ焙煎。

無茶苦茶に言いながら、やっぱ楽しい。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月14日(日)・・・中間報告

今年から始めたAFRICANフェア・ルワンダの中間報告だ。

とにかく、生豆の購入が多い。

今迄も「どの豆にしようかな?」だったのだが、それにプラスしてルワンダ。

生豆はNATURAL精製の方が多い。

これは、恐らくおもしろいからだろう。

そうなのだ! 面白いのだ!


確かに面倒だが、本質的には面白いのだ。

面倒だと言ってしまえば、粉に挽くのも、点てるのも面倒だ。

面倒だからこそ、粉に挽いて貰う事も、メーカーも在る。

ただ、旨くは無いし、部屋中の香りも期待していない。

自分も朝などメーカーを使う場合もあるが、液体としての珈琲を要求しているだけだ。


話は元に戻るが、

私が自分で煎った、良かれと思える煎豆を販売している。

それが商売だからと言ってしまえば終わりだが、この精神が軸だ。

今度は貴方だ!

時間の許す限り、良い機会だからセルフ焙煎して大いに遊んでほしい。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月13日(土)・・・ケニア2

6種類のサンプルの中から2種類を選び。

その2種類をペーパー式で点てチャント味わってみた。

もちろん、かあちゃんの意見も聞いている。

この2種類の中から1つを選ぶとすれば・・・・。

確かに甲乙つけがたしなのだが、

冷たくなった時にその結論が出た。

取り敢えず、今日の結論はこちらの方だな!

その一つが決定した。


私の気持ちが急に楽になった。

もう宣言しても良かろう。

「AFRICANフェアの第2弾はケニアです」

もっとも、まだ今の段階では豆としての種類の最終決定では無い。

サンプルの第2弾、第3弾の後の事だ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月12日(金)・・・ケニア

ケニアのサンプル第1弾が入荷した。

6種類だ。

野暮用の為に、全て焙煎はしたもののカップテストは出来ていない。

今日行うつもりだ。

私にとっては、非常に大切な豆なので、安易に結論は出したくない。

価格だけの問題ではなく、問屋のあまり良くないと言った豆が、私の要求に適する場合もある。

こんな事「ブルンジ」でも経験している。

カップテストこそ、本当に大切で、全てがここに凝縮していると言って過言ではない。


最終的な結論は、第2弾もテストする必要がある。

第2弾は早くても16日以降。

それまでには、昨日焙煎した豆も変化している可能性もある。

前回の「ルワンダ」は、焙煎してから数日間の余裕は無かったが、今回は充分。

さてさて、どの様になるのか。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月11日(木)・・・いやー、情けない

新年に入って、風邪気味な毎日。

熱も無く、鼻にも異常は感じられない。 ただ、タンが切れない。

その為咳き込む時にはひどい。

営業には全く差し支えないものの、寧ろ自宅の方に気を使う。

自宅には86歳になる義母がいる。 彼女に風邪を移さないように・・・。


昨日の定休日、買い物に行くのに車の中で彼女と同席しなくてはならない。

「今日は俺は行かないよ!」

別にしんどい訳では無いのだが、自分の部屋に閉じこもり部屋も温かくしていた。

お陰で今朝はあまり咳き込むことは無いようだ。

直ったかな?


この為かニュースをしっかり見れた。

朝鮮半島情勢、ドーピング問題。

どちらもオリンピック絡みだ。

来月は韓国で冬季オリンピックの開催らしいが、2020年は日本だ。

テロなど外部から警戒も必要だろうが、

選手自体の上下関係にしか目が行かない、内部の野蛮な性格は今後増えるだろう。

いやー、本当に情けない。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月9日(火)・・・ケニア

実は昨年末から「ケニア・ルイスグラシア」の正体が、当店に入荷していない。

半端な量(27`)だけでも確保し、これで年を越したという訳だ。

新年は今日から、本格的に倉庫が開くので、本体の在庫を調べて貰った。

残念ながら、正体は全くない。

それどころか、商社も長年のルイスグラシアを諦めようかとも思っているらしい。


物が無いわけではなく、

値段が異常に上がっているので、商社が様子見という事らしい。

「美味しいケニアをより安く」など当然な事だが

その前提として、珈琲生産国の犠牲の上でのそれに加担したくない。


改めて探すことになる。

サンプルが山ほど来て、この中から気に入ったものを探す事となる。

そうだ! AFRICANフェアの第2弾として、ケニアにしてみようかな?

考えてみれば、これも私にとっては良いチャンスだ。

新年早々に空気が入る事だし、これが私の最大の仕事でもある。

ドッピンパラリのプゥ〜





2018年1月8日(月)・・・結婚記念日

今日1月8日は、私達夫婦の45回目の結婚記念日だ。

店の営業が38年目だから、圧倒的に店の営業と共に我々の生活が有った。

私には3つの名前がある。

親から貰い戸籍にも登場する赤木良男。

珈琲とFBでだけ通用する大地耕作。

最後がマスターだ。

最後は店内でだけ通じるのかと思いきや、他の場所でもこう呼ばれる。


一方、かあちゃんはママでもマダムとも呼ばれていない。

「奥さん」が一般的で、どうも主体が私に有るようで好きな呼び方では無いのだが・・・。

家内? 女房? どうもしっくり来ない。

カミさん?と言うのも、おちょくっているようで、これもスッキリしない。

で、私としては「かあちゃん」と呼ぶことにしているのだが。

やはり、どうも男社会なのか?


圧倒的に長い間、質も量も2人で支えて来た店の営業。

甘えん坊の私にとっては、これが一番スッキリと来るのだ。

今回のAFRICANフェアも、私が決めたようだが、

実は彼女の協力・意見なしには無理だったのだ。

これからも、二人三脚で前に向かって歩き続けるつもりだ。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月7日(日)・・・ハニーとナチュラル

昨日からのAFRICANフェア。

NATURAL精製とHONEY精製法の2種類。

2種類は?と私の頭を掠めたのは事実だ。

そういう意味ではHONEYが即決定で、これだけでも良かったのだが、

過去の完熟下坂の事も有ったし、NATURAL精製の方にどうしても興味があった。

<難しくなるがなぁー! ルワンダの魅力をどうしても伝えたい!>

二律背反するだろうことは分かった上で2種類に決定した。


案の定

「HONEYとNATURAL精製では、どう違うの?」

「HONEYって何? NATURALって何?」 質問が続く。

豆を買いに来たお客様に、その応えは5秒間でしなくてはならない。

それ以上の時間をかけて、クドクド言っても聞いてくれない筈だ。

AFRICAの本も出した。 大きい地球儀も出した。

口での説明に、眼で見るをプラスした方が良いと思えたからだ。

  

地球儀は大きいが、ルワンダは小さな国。

この小さい国から大きな珈琲の夢が広がる。

ドッピンパラリのプゥ〜




2018年1月6日(土)・・・年賀

いやー、良ーく休んだ!

このくらい休むと、踏ん切りがつく。

今年は本当に良い年でありたい。

が、そうも行かないのが現実だろう。


店は今日から「AFRICAN ファア」だ。

アメリカナイズされているAFRICA、でも未だ残っているだろうことを信じて。

これが、私の求めていた珈琲だろう事を信じて。


第一弾がルワンダだ。

精製方法の異なる2種類を公表する。

お客様からどの様に評価されるのかは半信半疑だ。

かといって、 カップテスターでは無いのだから構えて飲んで欲しくはない。

がぶ飲みでも良いから飲んで、ある時ふとルワンダを感じて欲しいだけだ。

これこそ珈琲の世界だと思う。